• 日経平均28942.14-280.63
  • ドル円135.23135.24

ソ連崩壊後の経済危機を零戦が救う!? 知られざるロシアの“裏”航空産業

その中には、米軍の爆撃で被弾・放置されていたため、残骸とは呼べないほど原型を保ち、欠損部品も比較的少ない三菱製零戦22型第3869号機が含まれていた。

第二次大戦中とさほど変わらない質素なロシアの工場で、組み立て作業中の零戦。エアフレームに塗られた水色の防錆塗料が、いかにもロシア製らしい
第二次大戦中とさほど変わらない質素なロシアの工場で、組み立て作業中の零戦。エアフレームに塗られた水色の防錆塗料が、いかにもロシア製らしい

ミュージアム・オブ・フライング のオーナーに転売された零戦の残骸は、直ちにロシアへ移送された。そして残骸から構造と寸法を割り出し、新たに部材・部品を新造する“リバース・エンジニアリング”という技術を主軸に、日本の大物政治家の働きかけで、三菱重工が提供した300枚以上もの図面を基にして、短期間のうちに3機の零戦22型が誕生したのだ。

戦時下の日本で生産され、南方戦域へ送られた零戦が、半世紀余を経てアメリカ人に発見・回収され太平洋を渡り、さらに遙々ロシアへ送られて経済危機を乗り切る一助となり、再びアメリカに舞い戻って現在も大空を翔ているのは、航空史に起きた奇跡とさえいえるだろう。

新造された零戦22型3機の行方

第1号機は世界最大の大戦機保存組織コメモラティブ・エアフォース南カリフォルニア支部が運用を行い、現在も全米のエアショウで活発にデモフライトを披露している。

第2号機は一度、英国人大戦機収集家に売却されたが、イギリスは新造した大戦機の飛行を認めていないため、米フライング・ヘリテイジ&コンバット・アーマー博物館(現在は閉館)に転売された。なお同機は、世界でただ1機の複座型に改造されている。

第3号機はアメリカでテスト飛行を済ませた後、直ちに第1号機と共に船積みでハワイ・オアフ島に運ばれ、映画『パール・ハーバー』の撮影に投入された。再び米本土に戻った後は、日本人を含む複数オーナー間で転売が繰り返され、現在はファーゲン戦闘機第二次大戦博物館の所有機となっている。

【第二次大戦機の真相と深層】いまも飛行可能な第二次大戦機を追い続けるジャーナリスト藤森篤氏。エア・トゥ・エアの空撮を得意とし、自ら撮影する写真と詳細な取材で世界の名機をリアルレポートする同氏が、近年の各国工業基盤の礎となったそれら産業遺産の真価を解説する連載コラムです。アーカイブはこちら


Recommend

Biz Plus

Recommend

求人情報サイト Biz x Job(ビズジョブ)

求人情報サイト Biz x Job(ビズジョブ)