「マーケティング教」の毒にあたった? 吉野家への残念感

    大学主催の社会人向け講座で不適切発言をした吉野家常務が早々解任された件は、吉野家の高い認知度もあり、また何よりあまりにも不穏当な発言内容が社会的にも大きく注目されました。

    1899年築地の前日本橋魚河岸時代から、経営的紆余曲折をも乗り越えてきた歴史。(写真筆者)
    1899年築地の前日本橋魚河岸時代から、経営的紆余曲折をも乗り越えてきた歴史。(写真筆者)

    ・吉野家〝不適切発言〟常務を解任 「到底許容できず」


    当の常務は報道があって数日で解任されたということで、吉野家側の対応も異例の速さで極めて明快なものでした。かつてはアルバイトからたたき上げた社長もいたほどの企業でありますし、普段から吉野家を利用する人ならばこの企業がいかに現場の努力で成立しているかなどあまりにも明らかな話だと言えます。実際にテレビ報道の街頭インタビューでも「現場のスタッフが可哀想」という声が多くありました。

    というわけで生活者は良く見ていて、この騒動が吉野家ブランド自体を棄損することは、結局ほとんどなかったのではないでしょうか。SNS上でも、「ステマが激しすぎて吉野家食べに行っちゃった」的なコメントもあったぐらいで、生活者はあくまで冷静です。

    逆に言えばそれほどに、今回の元常務発言は吉野家ブランドのあり方とかけ離れていたものだったということに違いありません。

    珍重されるグローバルマーケティング企業OB

    とは言え、今回の騒動、企業側に対して単なる一勘違いビジネスパーソンによる偶発事例と片付けられない教訓を残したこともまた事実であったように思います。

    取りざたされているのが元常務のビジネスバックグラウンド、米名門P&G出身者であるということです。生活者向けマーケティングが企業活動の大きなウエイトを占める企業において、P&G、ユニリーバ、コカコーラジャパン(俗にCCJC)など企業OBの存在感は小さくありません。

    多くの日本企業が、それらグローバルマーケティング企業で培った知見とスキルを期待されて今回の常務のようにマーケティング担当役員、マーケティング本部長など高位の役職でに招いているのです。

    特にP&G出身者については、マッキンゼーなどコンサルティング業界のアルムナイ(卒業生、同窓生)にも似た、互助意識が強く一大派閥と言っても良いネットワークが存在し、情報共有にとどまらず、より実際的に業務面でもその同窓関係での信頼関係を生かすケースが散見されます。P&Gマフィアという言葉さえちらほら聞くぐらいです。

    もちろんこれは彼らグローバルマーケティング企業出身者が実際に優秀であり数多くの実績と信頼を積み上げてきた正当な評価であって、むしろ今回の一件を一番嘆いているのは彼らかもしれません。

    筆者自身が広告代理店側のパートナーとしてではありますがこれら企業を担当してきた経験からも、総じて優秀、モチベーションが高く、社会的公平性など意識面も高いレベルの層であることは断言できます。

    というかそもそも掛け値なしに彼らの相当数は女性ですので、ダイバーシティと“言っているだけ”の日本企業では結局報われないリスクが高いと見切った、日本の女性最優秀層の現実的な就職先であったことは誰もが知っていることと言えます。

    「マーケティング」に潜む、植民地管理的発想

    とは言え、好事魔多し。これは自戒も含めて、あえて今回の件から教訓を得るとするとすれば、思い当たる節が無いではないのです。

    そもそも「マーケティング」というコンセプトを無批判に珍重する風潮には疑問があり、今回失態の背景にはそんな多くの企業内にはびこる風潮が大いに影響しているように思うのです。

    筆者自身が、かなり長い期間まさにグローバルマーケティング企業と仕事をしてきて感じる結論が二つあります。

    一つはグローバルマーケティングの手法は、非常に科学的、具体的なものであってぜひ日本企業も取り入れるべき優れた方法論である。というもの。

    もう一つは、グローバルマーケティングの手法は、日本企業の少なくとも日本国内マーケティングにはそもそもあまり役に立たないのではないか。という1にまったく相反する見解。

    要は矛盾する二つの結論に悶々としているのですが、少なくとも前者だけの結論で突き進むことには弊害も多いと確信しているのです。

    なぜ日本でグローバルマーケティング手法が世間で考えられているほどには有効でないか。その理由は日本という国が世界トップレベルに高度な生活者によって質量ともに構成されているからです。

    グローバルマーケティング企業の商品は文字通り、世界中のあらゆる国で展開されています。有り体に言えば、字が読める人が圧倒的に少ない国であったり、電気などのインフラもしっかりは整備されていない国でも売られることを前提にしている手法なのです。

    その、ある種植民地管理的とも言える徹底した方法論は、そんな目の届かない地域であってもブレないメッセージを送り、一貫したブランドアイデンティティを確立させることには大いに有効です。

    何より目の届かない地域でも、大きな失敗を防ぐ仕組みとなっています。

    しかしながら、そんな「マーケティング」の方法論は、消費社会の世界最先端を行っている日本の生活者にとっては退屈でもの足りない場合が往々で。もっと言えば、“滑稽”と感じることさえあるほどなのです。

    まして失敗を防ぐ手法、必ずしも成功を約束してくれませんし、しばしば独自のビッグアイデアの足かせとさえなります。


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