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「何々人だから〇〇ができない」はないが…技術のどこかに出てしまう“文化の差”

多くの人の移動と交流の結果、ある国で特有とされる文化もいろいろなかたちで外国人によって享受されてきた。例えば、西洋人が京都で着物を楽しむ、というのもその一つだ。

(Getty Images)※画像はイメージです
(Getty Images)※画像はイメージです

ただ、こうした風景をどの程度に積極的に受け入れるのか?分野により、また技術も絡むと一筋縄ではいかない。

ヴェネツィアで開催されたクラフトの祭典、ホモ・ファーベルに出かけた話は先日、ここに書いた。数日前、2人のイタリア人と雑談をしていると、彼らもホモ・ファーベルを見学していたことがわかった。その際、次の発言があった。

「日本の技術をイタリア人が実演していたが、あれに違和感をもった」

一人がそう発言し、もう一人が同意した。ぼく自身、あの光景に「こういう演出をしたのか」とそのまま受け入れていた自分を覚えていたので、彼らの発言に「あれっ」と思った。

まだ海外渡航が通常に戻っていない日本の事情、会期に合わせると3週間以上と長い海外滞在を強いられる、見学者と通訳を介さずにコミュニケーションをとるのが必要。これらの制約を思うと、技術を伝えるに苦労があっただろうが、イタリア人が現場に立つのは合理的だと納得がいった。

他方、前述の違和感をもった2人のイタリア人は日本に何度も滞在した経験のある親日家である。だからこそ、自分の思うイメージに沿っていないことが気に入らない。

だが、そうした滞在経験がなくても、「ミラノで日本人の握る寿司店はどこか?」と尋ねてくるイタリア人が少なくないことからも、技術とそれを扱う人の文化理解度はイメージとして繋がっているのはわかる。

東京のイタリアレストランで、イタリア人のシェフがいて、ウエイターもイタリア人なら「本物の美味さに近いに違いない」と期待するのと同じだ。


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