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東芝、ニコン…日本企業の社員たちから“軍事に使える技術”を盗んだロシアスパイの手口

PRESIDENT Online

2004年から2005年にかけて、東芝子会社の社員が軍事転用可能な情報をロシアに漏らしていた事件があった。これはサベリエフ事件と呼ばれている。一体何が起きていたのか。当時、警察庁外事課長を務めていた元国家安全保障局長の北村滋さんが振り返る――。※本稿は、北村滋、大藪剛史(聞き手・構成)『経済安全保障 異形の大国、中国を直視せよ』(中央公論新社)の一部を再編集したものです。

※写真はイメージです - 写真=iStock.com/DNY59
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/DNY59

ロシアスパイによるサベリエフ事件

――日本の技術が外国に盗まれる事件は昔からあったのか。

私は、2004年8月から警察庁外事課長を務め、外国によるスパイ事件の捜査とその前提となる情報活動を指揮してきた。外事課は外国人等による対日有害活動を摘発する部署だ。日本の重要な技術が盗まれていく実態を見たことが、経済安全保障の重要性に覚醒した原点だ。

――どのような事件があったのか。

例えば、東芝子会社の社員が、軍事転用可能なパワー半導体関連情報をロシアに漏らしていた事件があった。機密情報を在日ロシア連邦通商代表部員のウラジーミル・サベリエフという男に漏洩し、見返りに現金約100万円を受け取っていた。男の名前を取って、サベリエフ事件と呼ばれる。

漏れた情報は、パワー半導体という電流を制御する半導体素子に関するものだった。民生品に使われるもので、会社側は当時、「顧客に説明するための資料だ。軍事転用できるレベルではない」と主張していた。ただ、潜水艦や戦闘機のレーダー、ミサイルの誘導システムへの転用も可能だとされていた。いわゆる、「デュアルユース」(両用)技術だ。

通商代表部は日露貿易の発展などを所管する部署だが、サベリエフは、ロシアの情報機関である対外情報庁(SVR)の先端技術獲得部門に所属していた。つまり、スパイだ。通商代表部にはSVRの人間が勤務している。

幕張メッセでの展示会で知り合い、居酒屋で会っていた

――サベリエフはどうやって情報を取ったのか。

社員とは04年4月、千葉市の幕張メッセで行われた電気機器展示会で知り合った。ブースで自社製品の説明員を務めていた社員に、「私はイタリア人で名前はバッハだ」と偽って接近した。「経営コンサルタントをしている。日本への会社進出にあたって来日した。協力してほしい」と巧みに距離を縮めた。その後も、東京都や神奈川県の居酒屋、ファストフード店で複数回にわたって接触していた。密会場所や日時は、サベリエフから指示されていた。

――居酒屋やファストフード店で接触するとは大胆だ。

ソ連邦が1991年に崩壊した直後は、SVRの前身であるソ連邦の国家保安委員会(KGB)の伝統がロシアにも残っていて、スパイ活動はもっと繊細かつ緻密だった。

例えば、「デッド・ドロップ・コンタクト」。埋没連絡法と呼ばれるもので、互いに会わずに情報を伝えることができる。政治、軍事などの情報が書かれた紙を空き缶の中に隠して、特定の場所に置き、相手が後で回収する、といったやり方だ。工事で環境が変わらない、神社や墓地といった場所が選ばれた。朝鮮労働党の地下党もかつて韓国で同様の手法を駆使して連絡を取りあっていた。違う空き缶を拾わないよう、あらかじめ、特定のジュースを指定することもあった。

「フラッシュ・コンタクト」という手法もあった。情報の入った容器を捨てると、すれちがいざまに相手がそれを拾うものだ。

社員は「飲み代欲しさに断れなかった」と供述

いずれも、警察当局による監視をくぐり抜けるために行われてきた。

私が外事課長になったころには、ソ連邦崩壊後10年以上が経過して、こういうテクニックが使われなくなりつつあった。情報技術を駆使した他の連絡手段が発達したことが大きな原因だ。冷戦期に熟達したテクニックと長年対決してきた捜査員にとっては、飲食店で接触するというやり方が、あまりに無警戒に思えて信じられなかったようだ。サベリエフと社員が居酒屋を出て、駅まで並んで歩いているのには正直面食らった。


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