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「SNSやネットニュースは人間を不幸にしている」慶大の幸福学者がそう考える残念な理由

PRESIDENT Online

インターネットは「なんでもあり」ではない

実際、インターネットの掲示板やSNSを見ると、偏った考え方や短絡的な発言が溢(あふ)れている。SNS上での誹謗(ひぼう)中傷が原因で自殺したり心の病になったりする人が増えており、暴行事件による死傷者も出ている。サイバー空間は危険な世界になりつつある。

世の中に自動車が登場した頃、当然ながら交通事故が多発した。そこで、「このままではいけない」と考えて免許制度をつくり、教育(教習)を受けなければ自動車に乗れないようにした。

実際に被害が多発しているインターネットも同じだ。いまは誰もがインターネットを自由に使っているが、本来はもっと注意深く使うための倫理的な情報リテラシーを共有するべきだろう。

インターネットを使う人は「他人を中傷してはいけない」「感情に任せて攻撃的な投稿をしてはいけない」などのリテラシーを学んで免許証が発行されるくらいのことになってもいいくらいだが、まだそれはない。

「そんなものは自由を制限するからいらない」というのは、「自動車事故が多くても仕方ない」といっているのと変わらない。

すべてのテクノロジーは諸刃の剣である

もちろん、インターネットやSNSなどのテクノロジーにはポジティブな面もある。SNSがあるから無視されがちな小さな声も積極的に発信できるし、オンラインで他人とつながることが孤独を脱するきっかけになることもあるだろう。

だが、これらのテクノロジーを使うことの弊害も存在する。すべてのテクノロジーにはいい面と悪い面がある。たとえば、原子力が諸刃(もろは)の剣であることをわたしたちは知っている。インターネットもまた、使い方を誤ると危険があることを理解すべきだろう。

SNSを頻繁に見ていると幸福度が下がる、とする研究結果もある。実際のトラブルに巻き込まれなくても、ネットのニュースやSNSの情報を見て、誰かを妬(ねた)んだりストレスを受けたり、場合によっては絶望を感じてしまう人も少なくない。

なんでもルールをつくって縛っていくと思考停止になるし、かといって最低限のリテラシー教育がなければ、自由という名のもとで、人間本来の「戦う本能」や欲望が野放しになる。

カギになるのは「倫理観」

だから、飴と鞭で統治するのではなく、人々の「倫理観」を育成すべきだ。他者を理解する想像力やリテラシーを育む倫理教育が必要なのではないだろうか。

ここでいう倫理観とは、知識として「いい人になるべき」という規範を教えるのではなく、心から偽りなく「いい人でありたいな」と思うような人を育てるということである。上辺(うわべ)の知識ではなく、心からの実感を伴う体験である。

たとえば、怒りの感情を無理やり抑え込むとストレスになる。抑え込むのではなく、怒りは正義感から出てきたのか、利己心から出てきたのかを十分に吟味したり、その感情が出てきた自分を認め愛(いと)しんだり、どんな行動を取ることがベターか、どんな成長が自分には必要かを冷静にじっくり吟味したりして、論理と感性で理解すべきなのである。

俯瞰(ふかん)的・全体的に自分とまわりを見て、このケースでは怒るべきだったのか怒るべきではなかったのかを、腑(ふ)に落ちたかたちで実感する倫理観である。

北欧でベーシックインカムの実験が成功したワケ

現在の世界で比較的うまくまわっている自由主義・資本主義のモデルは、北欧型の社会民主主義だろう。

個人が意見を自由に主張しながらも、みんなで高い税金を納めて教育費や医療費の無料化を実現していることには、国民の倫理観が関係しているというべきだろう。

彼ら彼女らは、高い税金が福祉や教育を通して自分たちに還元されることを理解し、国の政策を支持している。高い民度のもと、政府を信頼しているからこそ、高コストの大きな政府で秩序が保たれている。

ウェルビーイングの観点からも、北欧の国々が世界幸福度ランキングでつねに上位に位置することには、もちろん高福祉政策が関係している。

富裕層がより多くの税金を払うルールによって資源が適正に再分配された結果、困ったときの「社会的支援」が充実し、高福祉や医療の充実による「健康寿命」も増進されるなどして、国民の幸福度が高まったのである。

最近ではベーシックインカムの話題も世界中で言及されているが、2年間試験的に導入したフィンランド政府は、「主観的幸福度に効果があった」と結論づけている(Kela「Suomen perustulokokeilun arviointi」)。受給者の勤労意欲が低下することもなく、むしろ他者や政府に対する信頼が増したのだ。

時代に合った倫理感がない日本

ただし、同じことを日本でやっても、似たような結果にならないかもしれない。「働かざる者食うべからず」ということわざを超え、まず働けない者などの弱者への寛容性を高める必要があるだろう。

制度導入に関する議論はあってもいいが、そもそも制度とマインド(民度、倫理観)は同時進行なのだ。先のフィンランドでは、そもそも他者や政府への信頼や、互いに想像し許し合えるマインドを持った国民が多いからこそ、ベーシックインカム制度もうまく導入できたのである。

日本においても、時代に合致した倫理観の醸成が必要である。知識を身につけるだけではなく、マインドとして腑に落ちたかたちで実感できる、純粋で偽りのない倫理観を育成する必要がある。

「幸福学」が倫理観醸成に寄与できる

わたしが考える現代社会における倫理観醸成策のひとつは、「サイエンスとしての倫理学」だ。

たとえば、「利他的な人は幸せである」といったような、幸福学のエビデンスがこれに該当する。

従来は、哲学・思想や宗教が倫理観醸成を担っていた。大乗仏教では、一人ひとりが勝手に振る舞うのではなく、みんなの幸せを祈ることを説いた。ほかの宗教も同様である。しかし、宗教を信じる割合が逓減傾向にある現代社会では、「神様・仏様がいうように利他的になろう」では響かない人が増えている。

そこで、「あなたが幸せになるために、利他的になろう」と、幸福学の知見を用いた科学的な倫理学教育をすればいいのではないかという提案である。

前野 隆司(まえの・たかし)<br>

慶應義塾大学大学院システムデザイン・マネジメント研究科教授

1962年山口県生まれ。84年東京工業大学工学部機械工学科卒業、86年東京工業大学理工学研究科機械工学専攻修士課程修了、同年キヤノン株式会社入社。慶應義塾大学理工学部教授、ハーバード大学客員教授等などを経て、2008年慶應義塾大学大学院システムデザイン・マネジメント(SDM)研究科教授。11年同研究科委員長兼任。17年より慶應義塾大学ウェルビーイングリサーチセンター長兼任。研究領域は、ヒューマンロボットインタラクション、認知心理学・脳科学、など。『脳はなぜ「心」を作ったのか』『錯覚する脳』(ともに、ちくま文庫)、『幸せのメカニズム 実践・幸福学入門』(講談社現代新書)など著書多数。

(慶應義塾大学大学院システムデザイン・マネジメント研究科教授 前野 隆司)


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