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北新地放火で犠牲の院長 「残した宿題」と向き合う妹 

心の不調を抱える人に寄り添いたい。芽生えた思いは、亡き兄が残した宿題だと感じている。大阪市北区曽根崎新地のクリニックの放火殺人事件で犠牲になった西澤弘太郎院長=当時(49)=の妹、のぶさん(45)=仮名=は、先月からカウンセリングの勉強を始めた。背中を押したのはクリニックを受診していた患者たちの存在。「代わりにはなれないが、苦しむ人の力になりたい」と前を向く。

カウンセリングの勉強に励むのぶさん(本人提供)
カウンセリングの勉強に励むのぶさん(本人提供)

「生きていくのにすごく疲れる」。クリニックに通院していた女性が吐露した不安に、返す言葉が見つからなかった。

のぶさんは事件後、大阪の障害者支援企業が企画した元患者らが互いの悩みを語り合うオンライン交流会に参加し、積極的に話を聞くようになった。「分かります」。そう言ってしまうのは簡単だが、悩みに真摯(しんし)に向き合えば、軽々しくその言葉を口にはできなかった。「兄が毎日していた心のケアはなんて難しいのだろう」

悩みを抱える人のそれぞれの状況を把握し、適切な言葉をかけてあげたい。元患者たちと触れ合うたびに思いが募った。そのためには、傾聴の方法やカウンセリングの基礎を学ぶ必要がある。「私もカウンセリングの勉強しようかな」。10年以上前、兄に冗談めかして言ったことがある言葉が自然と口をついた。

のぶさんが日々使っているカウンセリングの教材(本人提供)
のぶさんが日々使っているカウンセリングの教材(本人提供)

5月からかつて兄が学んでいた心理士のもとで、カウンセリングの講義を受け始めた。自己分析の方法に始まり、患者の思考傾向や言葉の選び方を一つずつ勉強していく。「お兄ちゃんが私に宿題残していったみたいやね」。学ぶたび、脳裏には患者と真剣に向き合っていた白衣姿の兄がよみがえる。

「一人で不安を抱えている人はきっといる。力になりたい」。そんな思いがのぶさんを精力的に活動させるが、それは「悲しみに蓋をしているからできること」とも感じている。

一人きりになってその蓋が開くと、兄との思い出が浮かぶ。ベランダのシーソーに乗る幼い兄妹をうつしたビデオテープ。ちゃめっ気のある表情でシーソーから降りようとする小学生の兄と、「やめて!」と大声を出す幼いのぶさん。カメラで撮影しながら「まあまあ」となだめる父の声。高校生のころまで家族で繰り返し見ていた映像だ。

「兄ともっと昔を語り合っていたらよかった」。ほほえましい記憶は、かなわぬ願いを呼び起こし、胸が締め付けられる。悲しみに向き合うことが怖くなり、振り払うように別のことを考えることもある。

院長の妹が活動しているだけで救われる人がいる-。心理士から言われたその言葉を胸に学ぶ日々は、8月まで続く。受講後はクリニックの元患者に限らず、心の不調を抱えている人やその周囲にいる人の支えになりたいと思っている。

「いつか悲しみに直面するときがくるかもしれない」とつぶやきながら、言い聞かせる。「今は自分のできることをするだけ」(中井芳野)


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