銚子山十商店 1000年以上続く醤の味 世界へ発信

千葉発 輝く
「ひ志お(醤)」

 みそのような見た目をしていて、風味はしょうゆに近い発酵調味料「醤(ひしお)」。古くは万葉集にも登場する。「食べるしょうゆ」ともいわれ、そのまま食べたり、野菜などにつけたり、料理の味付けにも使える万能ぶりで、千葉県銚子市を訪れる観光客の土産品としても人気が高い。

 その醤を江戸時代から作り続けているのが「銚子山十商店」だ。しばしばテレビ番組などで紹介され、注文が殺到して在庫不足になることもあるという。それでも大量生産は行わず、銚子の温暖な気候に委ねた天然醸造にこだわっている。

 室井房治社長(68)は「時間をかけて製造する発酵食品は、近代の工業経営にはなじまない。時代に逆行する商品だが、万葉の昔から親しまれてきた日本人の味の原点を感じながら召し上がってほしい」と信条を語る。

 ◆発祥はまかない

 江戸時代、しょうゆの一大生産地となった銚子の醸造所では、多くの職人が24時間体制で作業をしていた。住み込みで働く職人の食事をまかなうため、しょうゆ屋が手元にある大豆や麦などの原料からつくった「おかずみそ」が醤だった。

 醤の醸造方法は、まず大豆を煎った後に皮を取り除き、大麦と混ぜて麹を作る。これに塩水を加え、たるに入れて1年以上発酵熟成させる。銚子の温暖な気候と発酵微生物の活動によって、風味豊かな醤ができる。形状はみそのような固形物だが、味と風味はしょうゆに近い。

 まかない食だった醤を、当時から商品として販売していたのが山十(現在の銚子山十商店)だった。江戸後期に書かれた当時の旅行ガイドブックには、銚子の土産物として山十の醤が紹介されていたという。

 山十は江戸時代初期の1630(寛永7)年、紀州・広村(和歌山県広川町)で岩崎重次郎が創業。1708(宝永5)年に銚子でしょうゆ醸造を始めた。当時はヤマサ、ヒゲタ、キッコーマンなどと並び幕府から「最上しょうゆ」として品質を認められた7銘柄の一つだった。

 ◆生き残りへの選択

 昭和初期に経営が行き詰まり、室井社長の祖父で銀行員だった治郎八が事業を引き継ぎ、1931(昭和6)年に合資会社「銚子山十商店」を設立した。

 戦中の空襲により工場が全滅。戦後に店舗を再興したものの、70年代には中小規模のしょうゆ会社が淘汰(とうた)されていく中、醸造業から土産品の卸・小売業にシフトした。

 90年代からは醤の製造販売に特化していった。室井社長は「バブル崩壊後の生き残り競争を勝ち抜くためには、誰にもまねできない、他にはないもので勝負するしかない。小さな店でもプライスメーカーになれる商品、それが醤だった」と話す。

 奈良時代の大宝律令によると、宮内省の大膳職(おおいかしわ)に属する醤院(ひしおつかさ)という役所が設けられ、醤を造っていたという記録がある。万葉集には「醤酢に蒜搗(ひるつ)き合(か)てて鯛願う吾にな見えそ水葱(なぎ)の羹(あつもの)」と長意吉麻呂(ながのおきまろ)が詠んだ和歌があり、醤は当時から日本人に欠かせない調味料だったことがうかがえる。

 1000年以上続く醤の味を守り続けている室井社長は「和食がユネスコの無形文化遺産に登録されたことは大きなチャンス。和食の原点とされる平安時代の食卓に上っていた醤とともに、新鮮な魚介類と農産物がそろう銚子の食文化を国内外へ発信していきたい」と話している。(城之内和義)

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【会社概要】銚子山十商店

 ▽本社=千葉県銚子市中央町18-3 ((電)0479・22・0403)

 ▽創業=1630(寛永7)年

 ▽設立=1931(昭和6)年

 ▽資本金=263万円

 ▽従業員=2人

 ▽売上高=2000万円(2015年11月時点)

 ▽事業内容=発酵調味料「ひ志お(醤)」の製造販売

                ■ □ ■

 □室井房治社長

 ■一時的なブームに乗らず製造継続

 --ひ志お(醤)を大量生産しない理由は

 「メディアに紹介された直後は、注文が殺到して在庫切れになることがある。ただ、製造に時間を必要とする発酵食品は、大量に作るほど在庫を抱えてしまうリスクがある。一時的なブームに乗らず、もうけることだけを考えないで細々とやっていくことが、製造を継続する条件になってくる」

 --千葉科学大学危機管理学部で非常勤講師を務め、自主防災サークル学生消防隊を率いるなど地域防災にも関わりが深い

 「店を継ぐため都内から銚子に帰ってきたとき、地元の消防団に入ったのがきっかけだった。醸造と防災は、自然との共生という意味では似た部分がある。醸造は自然の恵みを受けてできるものだが、その恵みの半面には災害が存在することを忘れてはならない。これは東日本大震災でも痛感した。家業の経営と消防団という2つの現場で経験したことを学生たちに伝えていきたい」

 --具体的には

 「企業にしても防災組織にしても、リーダーの存在が重要だ。江戸時代に津波被害から村人を救った偉人の物語『稲むらの火』で知られるヤマサ醤油(しょうゆ)7代目の浜口梧陵は、山十の創業者と同じ紀州出身で、銚子とも縁が深い。商売を成功させつつ、町のためにも尽くした梧陵はリーダーの手本であり、尊敬している。学生が目標とする人物として、その業績をさらに顕彰していこうと考えている」

 --学生と接する機会が多い。これから社会に出る若者に必要なことは何か

 「いかにモチベーションを高め、保てるかということだろう。目標を持った人間ほど強い。何かをやりたいという思いが強ければ、それに向かって突っ走ることができる。そういう経験をしてきたかというのも重要だ。遊びでもスポーツでもいいので、熱中できるものが一つでもあれば、将来につながっていくのではないか」

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【プロフィル】

 むろい・ふさじ 東京理科大卒。1970年、財団法人日本情報処理開発センターに入社し、コンピューターのアプリケーション開発を担当。家業を継ぐため74年に退社し、銚子山十商店へ。現在は千葉科学大危機管理学部非常勤講師も務める。68歳。千葉県出身。

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 ≪イチ押し!≫

 ■揚げ物、刺し身にも合う「ひ志お」

 銚子山十商店の看板商品「ひ志お(醤)」(200グラム入り650円)。あつあつの白いご飯にのせたり、酒のつまみにそのまま食べたりできるが、同店では万能調味料としてさまざまな食べ方を紹介している。

 まずはキュウリやニンジンなど生野菜にのせて食べるのが定番。これにマヨネーズを混ぜるのもお勧め。おにぎりに塗って焼けば、香ばしい焼きおにぎりが出来上がる。刺し身や揚げ物、焼き鳥に塗れば素材の味が引き立つという。マーボー豆腐などの中華料理や煮物などの隠し味にも使える。

 このほか醤をベースにした中華系調味料「辣醤2(ラージャンジャン)」(60グラム瓶入り540円)や、醤の発酵熟成時に湧き出る液体部分を使った「源醤(げんしょう)」(210グラム瓶入り1100円)などの関連商品を取りそろえる。価格はいずれも税込み。