「鬼十則」ではない電通問題の根源 弁護士の語った言葉にヒント

高論卓説
家宅捜索が入った電通本社=7日、東京都港区(伴龍二撮影)

経営者に問われる業務改善への姿勢

 「電通は従業員手帳から『鬼十則』を直ちに削除すべきです」。電通の女性社員の過労自殺問題に遺族の代理人として取り組んできた川人博弁護士が11月末、日本記者クラブで会見してこう述べた。

 「鬼十則」は、電通を広告業界の不動のトップ企業に戦後発展させた故・吉田秀雄第4代社長が1951年に定めた社員の行動原則である。仕事への果敢な姿勢を求めていることで、産業界では知られていた。

 川人弁護士が問題視するのは、例えば「取り組んだら放すな、殺されても放すな、目的完遂までは」という点である。過労死の原因になる過重労働を強いる電通の企業風土を象徴するととらえている。

 電通は、従業員手帳から削除するのかどうか。しかし「鬼十則」を削ったからといって、問題の改善につながるのかどうかは少々疑問である。

 「殺されても放すな」は強烈だが、広告の鬼との異名をとった吉田社長も、まさか社員が殺されてもよいと考えたわけではないだろう。他の9つの原則も読めば、表現も含めて真っ当である。

 一例を挙げれば「計画をもて、長期の計画をもっておれば、忍耐と工夫と、そして正しい努力と希望が生まれる」という具合である。吉田社長は猛烈ビジネスマンだったようだが、社員を絞り上げるだけの経営者ならば成功しなかったはずだ。

 『財界人思想全集3』の吉田社長の文献を読むと、「近代広告代理業」を目指して、管理職に「科学的マネージ」を求めていたことがわかる。人を引き込む人間的魅力もあったらしい。

 では何が根本的な問題なのか。川人弁護士の言葉にヒントがある。「戦後の長時間労働は高度成長を支えた面があったが、21世紀の長時間労働は日本の経済活動にプラスになりましたか。有害そのものです」

 電通について言えば、「鬼十則」がうたう敢闘精神はそれ自体を否定すべきものではない。日本が高度成長のただ中の63年に、吉田社長は亡くなった。そのころ、同社の進撃を支える精神的よりどころとして、時代に合っていたのではないか。

 過労自殺を遂げた女性社員が残した声は、不毛の努力を強いられた人間の悲鳴のように思える。「鬼十則」が言う「大きな仕事に取り組め、小さな仕事は己れを小さくする」は正しい。しかしそれだけでは単なる掛け声である。

 女性は仕事に意味を見いだせなかったと推測される。働いていたインターネット広告を扱う職場は、広告媒体が大きく変わる最前線である。新しい現実に合わせて、社員が効率的に成果を上げられるビジネスモデルを用意する「科学的マネージ」を伴わなければ、現場の頑張りに過度に頼らざるを得ない。

 この悲劇が愚かな上司や経営者によって引き起こされたのならば、解決するのは簡単だ。しかしそんな単純な問題ではない。まさに働き方の改革が求められ、仕事のやり方、進め方を抜本的に改める必要がある。

 これにいったん取り組んだら、経営者は「殺されても放すな、目的完遂までは」。他の企業の経営者も、ひとごとで済ませず、成果の少ない長時間労働、つまり利益の薄い仕事をさせていないか総点検した方がよい。

【プロフィル】森一夫

 もり・かずお ジャーナリスト。早大卒。1972年日本経済新聞社入社。産業部編集委員、論説副主幹、特別編集委員などを経て2013年退職。著書は「日本の経営」(日本経済新聞社)、『中村邦夫「幸之助神話」を壊した男』(同)など。66歳。