【木下隆之のクルマ三昧】自動車事故はゼロにならない!? 運転支援技術の“落とし穴”
このところ、自動車業界を取り巻く話題の筆頭が「自動運転」である。
グーグルが完全自動運転車の完成のため、本格的な試験場を作った。広大な91エーカー(約36万平方メートル)の土地に「架空の街」を建設。試作車を走らせ、膨大なデータを元にAIに学ばせているという。無事故の時代も間もなくかと思わせる。
「ぶつからないクルマ」の時代
自動運転の過渡期のいま、運転支援技術も進んでいる。アウディはA8に、条件付きながらレベル3の機能を搭載した。メルセデスSクラスも驚くほど高い技術を搭載している。日本の最高級モデルであるレクサスLS500にも、現在ではもっとも進んだ技術を投入してみせた。「ぶつからないクルマ」の時代へと、目も眩むような速さで進んでいるのである。
ただ、果たして無事故時代は到来するのか。一日も早く街中が無事故になるように、ワクワクとしているのにもかかわらず、気持ちの裏側ではどこか、ザワザワと落ち着きを失っているのだ。
先日、知人の助手席に乗ることがあった。家族4人で旅行に行くのだと購入した、新車のミドルセダンだ。十数万円で家族の安全が買えるなら安いものだと、意気揚々と衝突安全システムをオプションで組み込んだ。そんな彼の運転を横から眺めていて、不思議なことにドキドキが止まらなかったのだ。
理由は彼の運転にあった。よそ見運転も頻繁だったし、バックで駐車するときにも、後方確認を疎かにしていた。
「ちょっと言っていい? 運転、危ないねぇ」
「そう、どこが?」
「前方不注意ね。こっちが緊張するよ」
「あらあら、それはごめん。でもこのクルマ、衝突しないからね」
確かにそのクルマには、衝突防止システムが装備されていた。前方の障害物を感知し、速度0km/hまで停止してくれるのである。
「駐車場に停める時も、後ろの安全、確認しなかったみたいだし」
「壁が近づくと、ブザーが鳴るよ」
後方の障害物もセンサーしてくれる。それの機能を過信しているのだ
すべての障害物を読み取ってくれるとも限らないし、完璧に衝突回避してくれるわけでもない。だが彼は機能を過信しているのだ。
レクサス担当者の興味深い理論
車のぶつからない技術が進化すればするほど、ドライバーの運転レベルが下がるのではないかと心配するのである。
というような心配事を、レクサスLS500の運転支援を統括する担当者に聞くと、興味深い理論を紹介してくれた。
それは「リスクホメオスタシス理論」という。簡単に言えばこうだ。「人は安全になった分だけ、それを期待して怠惰な行動をとる。よって、危険の確率はある範囲より下がらない」というのだ。
「事故がなくならない理由」の著者である芳賀繁氏の言葉を引用すると「防波堤ができたために、津波警報を聞いても避難しなくなる」や、「スキッド運転を訓練させると、雪道を平気で飛ばしはじめる」といった現象が、運転にもあるという。
たしかに実家の義母は、コンロの消し忘れを防ぐ機能をつけてから、鍋の吹きこぼしが多くなったような気がするし、セコムと契約してから戸締りが甘くなったような気がする。
僕の知人や義母がその好例だ。絶対にぶつからないと誤解し、よそ見運転をする。ブザーがなったら止まればいいと誤解する。まさにリスクホメオスタシス理論が真実なのだと実感するのだ。
となると、事故はゼロにならないのか。少なくとも運転支援技術では事故ゼロは難しいのか。電車のように完全自動運転にならない限り(それでも事故は発生するが…)、自動車事故のない世の中にはならないのか。
そのためにレクサスは、運転支援性能を高めながら、一方でドライバーに危険が迫っていることを伝えるよう様々な細工をしている。
走行車線キープ機能があるとはいえ、ハンドルから手を離せば危険をアナウンスするし、障害物の存在をメーター内に表示する。あるいはブザーや振動や、つまり五感のすべてに伝えることを怠らないのだ。リスクホメオスタシス理論への挑戦のように思った。
人間って、とことん怠惰だと思う。だから、車の進化に並行して、ドライバーの安全スキルを高める必要があるのだと思う。運転支援機能に大枚投じて事故を起こすのだったら、初心に立ち返って、ドライビングスクールでも通った方が有意義なのではないかと思うのは、僕が職業運転手だからだろうか。
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【木下隆之のクルマ三昧】はレーシングドライバーで自動車評論家の木下隆之さんが、最新のクルマ情報からモータースポーツまでクルマと社会を幅広く考察し、紹介する連載コラムです。更新は隔週金曜日。
【プロフィル】木下隆之(きのした・たかゆき)
ブランドアドバイザー ドライビングディレクター
東京都出身。明治学院大学卒業。出版社編集部勤務を経て独立。国内外のトップカテゴリーで優勝多数。スーパー耐久最多勝記録保持。ニュルブルクリンク24時間(ドイツ)日本人最高位、最多出場記録更新中。雑誌/Webで連載コラム多数。CM等のドライビングディレクター、イベントを企画するなどクリエイティブ業務多数。クルマ好きの青春を綴った「ジェイズな奴ら」(ネコ・バプリッシング)、経済書「豊田章男の人間力」(学研パブリッシング)等を上梓。日本カー・オブ・ザ・イヤー選考委員。日本自動車ジャーナリスト協会会員。
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