小さな書店「Title」の奇跡 “本が売れない”時代を逆手に 店主に直撃

 
「Title」の店内(齋藤陽道氏提供)

 東京都杉並区にオープンして2年目の「Title(タイトル)」という新刊書店が話題になっている。「本が売れない」と言われるこの時代にJR中央線・荻窪駅から徒歩12~13分の青梅街道沿いという立地にオープンしながら、初年度の利益が(10カ月で)250万円と、当初見込みを100万円も上回り、個人経営の書店としては異例なまでの好成績を上げて、ビジネスとしても着実に成功しているのだ。

 オーナーは、全国チェーンの大型書店「リブロ」に18年間勤め、池袋本店で統括マネージャーの地位にあった辻山良雄氏。その池袋本店の閉店を機に退職し、ここ荻窪にみずからの書店を、2016年1月にオープンさせた。

 この新刊書店Titleはすでに各種媒体で紹介され、店主の辻山氏みずからの手になる記事もWebで読めるし、著書の『本屋、はじめました-新刊書店Title開業の記録』も入手可能だ。開店の経緯や店舗のコンセプトについてはそれらに詳述されており、ここで一から繰り返すことは避けるが、この書店の成功要因をひと言でまとめるなら、「みんな」に本を売るという従来の書店ビジネスの方向性に対して、それではもう商売は立ち行かないときっぱり背を向けたことだ。

 どういうことか? これまでの書店は、「本は一種の生活必需品」という前提のもとに成り立っていた。黙っていてもショールームのように本を並べていればお客さんが立ち寄って買っていってくれたのだ。しかし時代が変わり、本を日常的に買う人がめっきり減った。おまけにアマゾンなどが普及したことで、わざわざ本屋さんに足を運ばずとも、クリックひとつで玄関先に届けてもらえるようにもなった。

▽従来の書店ビジネスとは真逆の方向性

 本は「みんな」が毎月のように買うものではなく、「あくまでも本に愛着がある人」が選んで買うものになった。そんな変化を実感していた辻山氏は、ならば売り方を変えればいいという考えに立ち至る。商店街の魚屋さんや花屋さんが来店客の望みに応じてオススメを提案するのと同じように、さりげなく提案するような本の揃え方、並べ方を心がける。この、従来の書店ビジネスとは真逆の方向性が、本との出会いに価値を見いだす読書好きたちに受け入れられ、個人書店としては特筆に値する成功につながったのだ。

 「あの魚屋さんならぴちぴちの鮮魚が買える」というように、選んでもらえるお店になれば、小規模書店でも今の時代に生き残れる。Titleは、まざまざとそれを証明してみせた。

 ここでもう一点、成功要因を付け加えるなら、駅から遠いことを逆手に取って、「わざわざ行ってみよう」という気にさせることに意を尽くしたことが挙げられる。店舗は築70年超の二階建て物件をリフォームしたものだが、銅板張りという時代がかった外壁装飾を逆転の集客要素として巧みに生かした。また、15坪の店舗の奥に5坪のカフェを設けて来店客がゆっくり過ごせるようにするとともに、二階も手狭ながらギャラリーにして展示を行っている。さらにトークショーなどのイベントも時折開催することで、来店意欲を刺激するべく務めているのだ。

 このTitleの成功要因は、業界の事情通で経験豊富な辻山氏だからこそ可能だった部分と、それ以外の書店ビジネス全般に応用可能な部分とに切り分けられる。既出の各種記事では前者については多く語られてきたが、後者への言及はほとんどなかった。

 そこで、ここからは後者に焦点を当て、店主の辻山氏にインタビューした内容を紹介していきたい。

▽客を誘い込み、リピーターになってもらうためのさらなる工夫

 Titleは、前述のように荻窪駅から徒歩12~13分の距離にある。たしかに作家や編集者などの文化人が沿線に多く暮らす地域ではあるが、駅からの距離を考えれば、集客に特別有利な立地とは言い難い。辻山氏がこの物件を選んだ理由としては、家賃が格安だったことも大きかった。そう考えると、同店が成功したのは東京の一等地で開業したからではないことがよく分かる。首都圏でも、郊外や地方都市にロケーションを移しても成立し得るヒントに満ちているのだ。

 そこでまず、来店客の構成について聞いてみた。

 「開店当初は、遠くからわざわざ来てくれる人が6~7割いらしたのですが、現在では自転車圏も含めたご近所の方が7割、残りが3割という程度に落ち着いています」

 ご近所以外が3割…ターミナル駅前の大型書店ならいざ知らず、駅から距離のある町の本屋さんとしては、かなり高い数字ではないだろうか?

 「ふつうの本屋さんなら、ほとんどないかもしれませんね。うちは二階にギャラリーがあって、2~3週間ごとに展示を入れ替えるなど、また来たいと思っていただけるようにあれこれ工夫をしています」

 ちなみに夏には暑さからどうしても客足が落ち込む。そこで、トークショーを頻繁に開くことを誘い水にもしているという。

 そして何より大きいのが、選書の工夫だ。Titleは新刊書店ではあるが、取次からの新刊のパターン配本は断り、辻山氏がみずから情報を集めてこれはと思ったタイトルを注文するようにしている。さらに、リトルプレスと呼ばれる一般書店には流通しない自主製作刊行物も取り揃えて目玉にしている。これにより、町の小さな本屋さんでありながら、行くたびに意外な本に出会えるという、ある意味大型書店にも通じる来店体験を提供できるのだ。

 それもあり、またわざわざ駅から10分以上歩いてくるということもあって、来店客の滞在時間が長くなりがちなのがTitleの特徴だ。

 「店の場所柄、急いで買い物を済ませるというふうにはならないので、皆さんだいたい30分から1時間ほど滞在されますね。平均的な客単価は2000円ほどで、ハードカバー1冊と文庫本1冊を一緒に買っていくくらいの金額です。面白いのは、女性のお客さまが全体の6~7割ほどになるのですが、男性は最初から買う本をこれと決めて来店される傾向があるのに対して、女性は店内を巡るうちにあれもいい、これもいいと、目に留まった本を重ねて買われる方が多いことです」

▽Webを告知宣伝にうまく利用

 小さな本屋さんなのにそこまで滞在時間が長くなるというのは、カフェやギャラリーの効果がまずあるにしても、それだけ品揃えが意外性と誘引性に富んでいるということだ。訪れるたびにわくわく感やときめきがあり、時間を忘れて本の世界に浸れるいうことでもあり、それがリピーターの獲得につながっていることが分かる。

 さらにもう一点、Titleが示唆に富んでいるのは、Webを店の告知宣伝にうまく利用している点だ。開店前からブログとツイッターを開設して店づくりの準備のようすを随時報告して注目を集めたほか、公式サイトのトップページに「毎日のほん」という短いコラムを設けて日々の入荷本から飛びきりの1冊を紹介している。それがツイッターに転載されることもあり、日々動向をチェックするファンを生み出しているのだ。そうした人々が何かのきっかけで来店することも重なって、近所以外の来店客の多さにつながっている。

 Webと実店舗は水と油のように語られることも多いけれど、現代人の情報源、そして拡散媒体としてWebの力は軽視できない。いかに実店舗が魅力的でも、その存在を広く知ってもらうためにはSNSの拡散力を利用するのがいちばん効率的な近道なのだ。アナログの商品にこだわりつつもWebの宣伝力も重く見る。これは、書店に限らず小売業全般の参考になる経営指針ではないだろうか。(待兼音二郎/5時から作家塾(R))

 《5時から作家塾(R)》 1999年1月、著者デビュー志願者を支援することを目的に、書籍プロデューサー、ライター、ISEZE_BOOKへの書評寄稿者などから成るグループとして発足。その後、現在の代表である吉田克己の独立・起業に伴い、2002年4月にNPO法人化。現在は、Webサイトのコーナー企画、コンテンツ提供、原稿執筆など、編集ディレクター&ライター集団として活動中。