トラブル多発の東急田園都市線 今日は大丈夫? ブランド路線で何が起きているのか

 

 東急電鉄田園都市線で11月15日に起きた架線トラブルは、朝の通勤ラッシュ時間帯を約4時間半にわたり直撃し、沿線住民ら約12万6千人の足に影響した。10月19日朝にも三軒茶屋駅で停電が発生したばかりだった。開業して40年がたつ現場の地下区間では昨年度から13件のトラブルが続発している。「沿線の高級感と安全性というブランドイメージにあぐらをかいていた」(同社幹部)と反省の弁も聞こえる。東急が誇る「安全路線」で一体何が起きているのか。そして、今日の田園都市線での通勤・通学は大丈夫か。(市岡豊大)

「ゆゆしき問題」 最大限の危機感示す幹部

 「田園都市線は世界的にもあまり例がない、開業時から踏切がない安全な路線。それだけに慢心があり、保守点検に不十分なところがあった」

 11月15日の今回の架線トラブルについて、ある東急幹部は苦々しい表情を浮かべ、そう述べた。同社が最重視してきたブランドイメージを維持する上でも「ゆゆしき問題だ」と最大限の危機感を示した。

 トラブルは午前5時35分ごろ、東京都世田谷区の田園都市線池尻大橋-駒沢大学駅間で発生。電車に電気を供給する役割を担う架線が突然、送電できない状態になった。「池尻大橋駅のホーム上で火花が光るのを見た」との乗客の目撃証言を基に、変電所から架線につながる1500ボルトの直流送電線を点検。駅構内で送電線の導線を覆う樹脂製カバーが焦げて破れているのが見つかった。何らかの原因で漏電し、ショートしたとみられる。

 ショートした送電線は平成21年に設置され、約5年前に精密検査を実施。その後は2カ月おきに目視点検を行っており、直前は10月10日に点検したが、異常は見つからなかったという。

 こうした漏電事案では、老朽化によりカバーの絶縁性が低下したことが疑われる。しかし、同社は同種の送電線の耐用年数を30年としており、「ただちに老朽化とは言いかねる」(担当者)と否定。担当者は「何らかの原因でカバーに傷が入り、電車通過時の高電圧状態を何度も繰り返すうちに電気が漏れ始め、漏れた電気でカバーが加熱されて劣化が早く進むことがある」との仮定を述べた。

国内でも先駆けの地下区間 設備老朽化を問題視

 トラブル現場となった田園都市線渋谷-二子玉川駅間(二子玉川駅自体は地上駅)は「新玉川線」として昭和52年4月に開業。地下鉄以外の私鉄としては国内でも先駆けて開業した地下区間で、今年で40年が経過した。

 昨年4月以降の約1年半の間に起きた同社の輸送障害は今回を除き12件で、このうち旧新玉川線区間は5件が集中している。昨年8月には世田谷区の新桜町駅で信号が赤のまま変わらなくなる信号故障が発生。今年には渋谷駅で分岐器から発煙するトラブルが2度も起きた。10月19日朝には三軒茶屋駅構内の配電設備で停電が起き、約12万7000人に影響した。

 老朽化が原因と特定できたのは5件のうち2件にとどまるが、担当者は「以前は全線で年2、3件程度だったが、明らかにトラブルが増えた。設備の老朽化がいろいろな現象の原因になっている」との見方を示す。事態を重く見た東急は対策会議を設置。非常用発電機の設置や、ダウンしても送電を続けられるシステム改良などを検討していた。

 「先行整備された地下区間であることがネックになっている」と担当者。東急は過去30年以内に東横線や大井町線など地上区間の多くで改良工事を行い、この施工区間では同時に信号や送電線などの設備も更新してきたからだ。

 同社最大のターミナルである渋谷駅周辺では列車の本数が多く、設備が劣化しやすい事情もある。日中でも作業できる地上と異なり、地下での点検は終電から始発までに限られるなど保守作業にも制約がつきまとう。

大量退職時代 ベテラン整備士が減少

 東急電鉄は鉄道事業と不動産業を同時展開することで線路と市街地を一体整備する「街づくり」を売りにしてきた。

 渋谷駅から二子玉川駅までが新玉川線として先行開業した田園都市線は、地下化や高架化を駆使することで開業時から道路との立体交差を実現。他社の地上路線は立体交差に莫大(ばくだい)な費用をかけているのに対し、当初から安全で先進的な沿線イメージをつくりあげてきた。

 こうした取り組みが数十年経過する中で裏目に出ていることになる。国交省鉄道局の関係者は「東急はブランドイメージづくりに懸命な印象があり、本来の鉄道事業がおろそかにならないか懸念していた」と明かす。

 「地下鉄事業者と比べて東急は地下区間整備についてのノウハウや技術の蓄積が不十分な可能性もある」と述べるのは、工学院大学工学部の高木亮教授(電気鉄道システム)。高木教授は「どのくらいで設備交換が必要なのか研究が必要。地下区間は想定より早く劣化している可能性もある」と指摘する。

 これを裏付けるような推論も社内に出ている。別の東急幹部は「まだ具体的な根拠はないが」と前置きしつつ、「施工時点で、想定されていない何らかの不十分な部分があり、金属の腐食などの障害が早く進んでいる可能性もある」と推し量る。

 大量退職時代を迎える中で人的な要因も挙がる。この幹部は「現場を見ただけで不良部分が分かるようなベテラン整備士が減った。業務が増える一方で外注業者に頼りがちな面もある」と危機感を強める。東急は緊急点検を進めるとともに、定期点検の頻度や方法を強化する方向で対策を進めるという。

 首都圏を走るJR東日本でもトラブルは多いが、首都圏の鉄道では電気系統の不具合が多発している。先述の高木教授は「電力は鉄道輸送の生命線。電気系統のトラブルは重大な輸送障害につながりやすいので細心の注意を払ってもらいたい」と鉄道各社に注文を付けた。

【東急電鉄】

東京都南西部から神奈川県東部に路線網を展開する鉄道会社。実業家、渋沢栄一らを発起人とした田園都市株式会社から、大正11年に鉄道事業が分離して前身となる「目黒蒲田電鉄」が発足。その後、次々と別の鉄道会社を合併し、昭和17年に現在の社名となる。戦後の23年に合併していた小田急電鉄、京浜急行電鉄、京王帝都電鉄(現京王電鉄)の3社を分離した。本社は東京都渋谷区。運営路線は8路線、駅数は計97駅、総営業キロ数は104・9キロ。鉄道事業のほか、不動産事業なども展開している。

【東急田園都市線】

渋谷(東京都渋谷区)~中央林間(神奈川県大和市)までの27駅を結ぶ東急電鉄の鉄道路線。同線で最も早く開業した二子玉川-溝の口間は昭和2年に開業。同社初の地下鉄「新玉川線」として開通した渋谷~二子玉川を含め59年に全線開通した。平成12年に新玉川線区間も名称を田園都市線に統一した。また、昭和53年から営団地下鉄(現東京メトロ)半蔵門線と、平成15年からは同線を介して東武伊勢崎線・日光線と相互直通運転を始めた。昨年度の一日平均輸送人員は126万3169人。沿線の主な駅に、三軒茶屋(世田谷区)、二子玉川(同)、たまプラーザ(横浜市青葉区)などがあり、住宅地として若い世代から人気が高い。