【日本発!起業家の挑戦】医師の負担の少ない時間にMRから情報収集 コミュニケーション効率化

 
MRと医師のコミュニケーションの効率化を図るマーティ・ロバーツ氏

 □エンタッチ マーティ・ロバーツCEOに聞く

 日本で起業するのは難しい。日本で外国人が事業を経営するのは難しい。この2つは長く通説となっている。海外でも根強く信じられていると言っていい。たしかに、いずれも困難なのは事実だが、だからと言って他の国よりも特段難しいわけではない。

 国内の製薬業界の変化は目覚ましく、ビジネスのやり方を改めなければこれまで通りの収益を上げられない事業者も出てきている。マーティ・ロバーツ博士は時代の転換点を機会と捉え、2016年に創業したエンタッチ(東京都中央区)の最高経営責任者(CEO)として、MR(医薬情報担当者)と医師のコミュニケーションの効率化を図る。

 面談時間を管理

 --エンタッチが解決しようとしている課題は何ですか

 「私たちは、製薬会社で働くMRが医師に質の高い情報を効率よく提供し、コミュニケーションを円滑にする仕組みづくりを進めています。国内では製薬会社や医療機器会社が医師への医薬品販促のために毎年2兆円使っています。従来の方法は、MRが新しい薬や製品について1~2分話すためだけに、病院の廊下で医師の手の空く時間を待ち続けるというものでした。しかも、お医者さんは忙しくて、せっかく話すことができてもじっくり耳を傾けてもらえないことも多いのです。誰にとっても極めて効率が悪く、費用のかかるやり方です」

 --それをどんな仕組みに変えているのですか

 「エンタッチは、医師が都合の良い時間にMRなどの『メディカルパートナー』と話して必要な情報を得られるよう、希望時間を登録してスケジュールを決められるオンラインシステムを提供しています。医師は新しい薬剤や治療法についての情報を求めていますが、診療時間帯は忙しく、集中することもできません。エンタッチなら土日や早朝、夜遅くにも利用できるため、医師は負担の少ない時間帯にMRから情報を収集できます」

 「また、製薬会社には費用削減の大きなプレッシャーがかかっています。現在、後発医薬品(ジェネリック医薬品)の使用割合は6割ですが、政府はそれを2020年9月までに8割に引き上げようとしています」

 --エンタッチ創業前は、製薬業界向けに市場調査を提供するフランス本拠のセジデム日本法人で社長を務めていましたね

 「市場調査だけではありません。その他に特許データ事業、出版事業、MRのためのセールスフォース導入を行うソフトウェア事業などの部門がありました。MRがどのように時間を使っているか、医師がMRとの面会をどの程度価値があると感じたか、打ち合わせ後に何を覚えているかなどのデータを持っていました。そのため、業界内の効率の悪さが私の目には明らかでした」

 --そこで起業を決めたのですか

 「最初は、会社の中から、ソフトウェアの販売によって問題提起をしようと試みました。米国では複数の企業が、MRと医師が離れた場所にいても協議できるシステムを提供していました。それどころか、15年以上も前からMRと医師のコミュニケーションはオンラインに移行していました。日本でも、テクノロジーがどんな変化をもたらすかは明らかでした。私たちは、すでに米国で実証されたシステムの一つをライセンス契約で日本に持ってきて、ローカライズをして販売しようと考えていました」

 大掛かりな研修

 --その計画はどうなりましたか

 「期待していたほどうまくはいきませんでした。関心を持つ顧客にソフトウェアを見せたところ、誰もがアイデア自体は気に入ってくれたんです。しかし、日本ではすべての営業担当者に『今までのやり方は今日まで。明日からは全員やり方を変えてこの新しいオンラインシステムを使うこと』と言うだけでは足りません。大掛かりな研修・トレーニングが必要になりますが、それを提供するのはハードルが高すぎました。ソフトウェアを売るだけでは何も変えることができませんでした」

 --なるほど。対面コミュニケーションでの営業とインターネット上での販促には全く異なるスキルが必要ですからね。社内でそういった課題に取り組もうとしたんですか

 「この領域に成長可能性があることは分かっていましたが、研修もサービスとして提供することになると、日本市場の特殊なニーズに合う営業担当者を私たちの会社でも採用してトレーニングしなければなりませんでした。しかし、当時、セジデムは買収が間近に迫っていて、新規事業を始めることに対して後ろ向きでした。自分で会社を立ち上げようと決めたのは、その頃だと思います。けれども、会社を去るわけですから、その計画を立てるのに長い時間がかかってしまいました」

 --長いというと、どれぐらい

 「エンタッチ創業の準備を始めるために会社を辞めたのは1年半後です。M&Aのプロセスを最後まで見届けました。それから、起業によって、秘密保持契約や競業避止義務に反することがないように気をつけました。スタートアップの時間軸を基準にすると、とても長い時間ということになりますが、計画に時間をかけたことはプラスに働きました。やっとエンタッチを立ち上げるというときになって、物事がよりスムーズに運びましたし、その後の成功も準備期間があってこそだったと思います」

 業界内に理解者

 --起業まではスタートアップ界に縁がなかったのですよね。創業初期の社員や投資家はどうやって集めたのですか

 「実は、資金調達が大変でした。まず、スタートアップ・イベントに出かけるようにしました。それから、可能な限り多くの人に自分から連絡を取って、アドバイスをもらうようにしました。あなたに初めて会ったのも、どうやってエンジェル投資家に出資してもらえばよいかアドバイスしてもらえないかと思って、私が突然メールを送ったんだと思います」

 --そうでしたね! アドバイスが役に立ったようですね

 「アイデアを説明するのに多くの時間を割きました。この事業モデルを理解してくれる人はあまりいませんでしたが、数人はすぐに理解して、投資したいと言ってくれました。エンタッチの営業担当者の多くが東京以外で在宅ワークをしていましたので、地方創生に貢献しているということで日本政策金融公庫から融資を受けることもできました」

 「社員の採用に関しては、そこまでの苦労はありませんでした。私たちの取り組もうとしていることの価値を理解し、課題解決に加わりたいと考える人が業界内にたくさんいました。ただ、医療・製薬業界外の人に納得してもらうにはもう少し時間がかかりました。それでも、一度理解するとエンタッチで働きたいと言ってくれる人はたくさんいました。スタートアップ界で存在を知られていなくても、初めての起業であっても、ビジョンに共感してくれる人を見つけることができれば、よい会社を築き、成長させることができると思います」

 日本でスタートアップを始める創業者のうち、かなりの割合が米国やヨーロッパで業界のトレンドを観察している。そして、日本でも同じトレンドが5年後に採用されることを信じてサービス提供を始め、実際に成功している。ロバーツ博士のケースでは、保守的な製薬業界であったので、変化の波がやってきたのは15年後だった。

 国内の産業界では、テクノロジーの有用性が海外で実証されるまでは、積極的に採用することを控える傾向にある。しかし、ロバーツ博士が前職で気付いたとおり、ようやく扉が開かれても、テクノロジーを日本にただ持ってきて売れることを予測したのではうまくいかない。海外とは異なる組み合わせによる商品のパッケージ化、業界内・市場内での位置付けの工夫がなければ日本での成功が難しい場合が多い。

 セジデムでの経験によって、ロバーツ博士は、米国では必要ないサービスでも、国内の顧客が要求するサービスであればセットにする必要があることを理解した。エンタッチでは、MRが「メディカルパートナー」として登録後に4週間のトレーニングを受講することを義務付けている。優秀な人材を集め、トレーニングによってさらにサービスの質を高める工夫により、エンタッチの成長は加速するだろう。医療・製薬業界の効率化によって患者にもよい影響があることを期待したい。

 文:ティム・ロメロ

 訳:堀まどか

【プロフィル】ティム・ロメロ

 米国出身。東京に拠点を置き、起業家として活躍。20年以上前に来日し、以来複数の会社を立ち上げ、売却。“Disrupting Japan”(日本をディスラプトする)と題するポッドキャストを主催するほか、起業家のメンター及び投資家としても日本のスタートアップコミュニティーに深く関与する。公式ホームページ=http://www.t3.org、ポッドキャスト=http://www.disruptingjapan.com/