西田厚聡・元東芝社長死去 「カリスマ経営者」から一転… 強気のWH買収、危機招く

 

 東芝で社長や会長を歴任した西田厚聡(にしだ・あつとし)氏が8日、急性心筋梗塞で死去した。73歳だった。

 かつては米原発メーカー、ウェスチングハウス・エレクトリック(WH)の買収などを手がけ、「カリスマ経営者」として名をはせたが、東芝で不正会計問題が発覚した2015年以降は「戦犯」と名指しされるなど、波瀾(はらん)万丈な生涯を送った。

 異色の経歴を歩んだ。東大大学院でイラン出身の夫人と出会い学生結婚。イランに渡り、東芝の現地合弁会社に採用されると頭角を現して、東芝本体に転じた。

 東芝では海外営業畑を歩み、パソコン事業を牽引(けんいん)。1990年代に「ダイナブック」などで知られるノートパソコンを世界トップシェアに導き、「パソコンの西田」の異名をとった。

 2005年に社長に就任すると、「選択と集中」の実践者として手腕を振るった。

 東芝EMIや東芝不動産などを次々と売却する一方で、原発と半導体メモリーに重点投資。06年には、WHを当時の為替レートで6000億円超で買収し、高値つかみと批判されたが「原発分野で世界をリードする」と強気を貫いた。09年に会長に就き、経団連副会長なども歴任した。

 しかし、不正会計問題では社長在任時の08年頃から、西田氏が率いたパソコン事業で部品取引を悪用した利益のかさ上げが始まったとされる。後任社長の佐々木則夫氏とも経営をめぐって対立した。相談役だった15年に不正会計問題が発覚し、引責辞任した。

 買収したWHも米国で手がけた原発の建設事業で巨額損失を抱えて今年3月に経営破綻し、東芝の経営危機の主因になった。稼ぎ頭の半導体メモリー事業を売却せざるを得なくなり、買収を指揮した経営判断も疑問視された。