【高論卓説】台湾企業に日本の半導体が敗れたワケ 「下請け」嫌い見失った分業化の流れ

 

 ■「下請け」嫌い見失った分業化の流れ

 台湾には世界的に無名でも世界規模の巨大企業がいくつもある。それらは主に「下請け」によって大きく成長したものだ。

 11月末、1人の経営者の引退表明が世界を揺るがした。半導体受託製造(ファウンドリー)の世界最大手、台湾積体電路製造(TSMC)の創業者、張忠謀(モリス・チャン)氏が、来年6月に後進へ道を譲ると発表したからだ。

 TSMCは、台湾の「ブランドなき大企業」の象徴的存在である。日本では、台湾の経営者といえばシャープを買収した鴻海(ホンハイ)精密工業の郭台銘(テリー・ゴウ)氏の知名度が圧倒的に勝る。鴻海もブランド名のない世界企業だが、台湾では毀誉褒貶(きよほうへん)の激しい郭氏より、堅実経営に徹してTSMCを育て上げた張氏の方が広く尊敬を集めている。

 TSMCの売り上げは日本円で3兆円を上回る。株式時価総額は今年21兆円となり、ライバルの米インテルを上回った。2018年には、回路線幅が7ナノ(ナノは10億分の1)メートルのシステムLSI(大規模集積回路)の量産を開始し、22年には3ナノの工場を完成させる道筋をつけての完全引退となる。

 引退会見で張氏は「もしもTSMCがなければスマートフォンもこんなに早く現れなかった。われわれは世界数十億人のライフスタイルを変えた」と胸を張った。

 海外で工場を持たないファブレスの半導体企業とタッグを組み、半導体の製造部分を一手に引き受ける。TSMCの名前は、一般人は誰も知らないが、スマホや衛星利用測位システム(GPS)、Wi-Fi(ワイファイ)などあらゆる製品に組み込まれている。TSMCの生産ラインに万が一、大きなトラブルが起きたら、米アップルのiPhone(アイフォーン)は供給困難に陥ってしまう。

 張氏は1931年生まれ。米国で機械工学を学び、草創期の半導体産業で働いた。87年に台湾でTSMCを設立した。このとき57歳。経営者としては遅咲き中の遅咲きだ。週50時間以上働かないのがモットーで、社内派閥を一切許さず、顧客と株主、社員の利益のバランスを重視する。創業者としての独裁的なリーダーシップを正しく発揮した例といえるだろう。

 TSMCの受託生産は、他の企業よりも1、2割割高だ。それでも、技術の高さ、研究開発への努力、トイレに入るにもICカードを使わせる秘密保持の徹底ぶりで、世界の顧客の信用を勝ち取った。

 企業には栄枯盛衰がつきもので、今日の勝者は明日の勝者とはかぎらない。だがスマホやこの先の人工知能(AI)の時代に必要な半導体事業に、なぜ「技術の日本」が勝利できなかったのか。日本人としては考えざるを得ない。

 かつて張氏はこう語っていた。

 「日本企業は半導体の下請けを、まともな商売と思っていなかった。これが日本の半導体産業が落伍(らくご)した原因だ」

 90年代、日本の半導体は世界を圧倒していた。現在、当時トップ10の日立、NEC、富士通らはレースを降り、経営破綻問題で虎の子の資産とされた東芝の半導体事業の規模もTSMCの5分の1に過ぎない。

 鴻海をかつて「しょせんは下請け」と見下しながら、のみ込まれたシャープも同じだ。そもそも「下請け」という日本語が良くない。グローバル化で上流と下流の分業制が確立する中、上下関係を想起させる「下請け」という古い概念は成立しない。

 そして、ブランド名はむしろ邪魔になることもある。その一点に張氏は賭け、成功を収めた。

 そんな1人の台湾人経営者のことを、この引退を機に日本人はもっと知るべきである。

【プロフィル】野嶋剛

 のじま・つよし ジャーナリスト。朝日新聞で中華圏・アジア報道に長年従事し、シンガポール支局長、台北支局長、中文網編集長などを務め、2016年からフリーに。49歳。『ふたつの故宮博物院』『銀輪の巨人 GIANT』『台湾とは何か』など著書多数。