【Sakeから観光立国】外務省・日本酒振興の先駆け、門司氏退官

 
門司健次郎氏(前列右から2人目)と蔵元たち=東京都千代田区

 □平出淑恵(酒サムライコーディネーター)

 外務省で唯一の「酒サムライ」、門司健次郎氏が先月退官した。21日、日比谷松本楼(東京都千代田区)で、その門司氏を囲んで会食する機会を得た。「浦霞」の醸造元、佐浦(宮城県塩釜市)の佐浦弘一社長ら蔵元とともに、酒サムライコーディネーターの筆者も末席に加わった。

 酒サムライは、若手の蔵元で組織する日本酒造青年協議会(日青協)が日本酒文化を広く世界に伝えるために、志を同じくする者の集いとして、2005年に結成。毎年、京都で酒サムライ叙任式を行い、現在、国内外で70人を数える。

 門司氏は08年、日本料理店、つきぢ田村(東京・築地)の三代目・田村隆氏らとともに、酒サムライに叙任された。

 1975年外務省に入り、フランス研修の後、国際協定課長などを担当、駐イラク大使や広報文化交流部長、ユネスコ日本政府代表部大使などを歴任、今年10月まで駐カナダ大使を務めた。

 学生のころ悪酔いした経験から日本酒を避け、ワインやスピリッツを愛飲したが、80年代の終わりに日本酒の素晴らしさに接し、普及活動を始める。

 在外勤務中の自宅夕食会では必ず日本酒を提供するとともに、現地の日本との友好団体や大学、国際機関などで日本酒の講演・利き酒会を数多く主催した。日本に戻ると在京の外交団や武官団向けに利き酒会を開き、居酒屋巡りなどを通じて日本酒を広める活動を展開した。

 まさに外務省での日本酒振興の先駆け的存在として活躍されてきた。日本酒の本格的な海外進出には大変心強い味方であり、ソフトパワー外交の旗印のような存在だ。

 その親しみやすい人柄も多くの蔵元から慕われ、長年“日本酒の大使”として海外との架け橋となってきた。「日本酒振興は、ライフワーク」と語る門司氏と、松本楼に集まった蔵元らとの語らいは尽きなかった。

                   ◇

【プロフィル】平出淑恵

 ひらいで・としえ 1962年東京生まれ。83年、日本航空入社、国際線担当客室乗務員を経て、2011年、コーポ・サチを設立、社長に就任。世界最大規模のワイン審査会、インターナショナル・ワイン・チャレンジ(IWC)のアンバサダー。日本ソムリエ協会理事、日本酒蔵ツーリズム推進協議会運営委員、昇龍道大使(中部9県のインバウンド大使)などを務める。