【老舗あり】愛知県津島市の堀田新五郎商店 和太鼓伝統守り900年 無料貸し出しで普及に尽力

 
技と心意気が生み出す和太鼓が並ぶ店内=愛知県津島市の堀田新五郎商店

 愛知県津島市で900年以上の長きにわたって和太鼓を作り続ける「堀田新五郎商店」。熱田神宮や津島神社など地元の著名な神社仏閣の「御用達」と記された黒光りする年季の入った看板が掲げられ、店内は伝統の威厳が漂う。

 数年後の「音」大事

 太鼓作りは木材の目立てから始まる。適度な堅さと美しい木目を併せ持つケヤキが材料に向いており、木曽や飛騨、揖斐などの山地から厳選して買い付ける。そして原木を胴の形に切り抜いて倉庫で3~5年の間、自然乾燥させる。

 切り抜き作業では湿度が低いと木材が割れやすくなるため、標高の高い木曽山脈南端の恵(え)那(な)山(さん)(長野県阿智村、岐阜県中津川市)の山麓にある工場で作業してから、津島で乾燥させることもあった。

 革は、乳牛などの場合は皮に白黒の濃淡がでてしまうため、主に黒毛和牛の皮を使う。なめし革を張る作業は数日かかるが、27代目店主の堀田新五郎さん(48)は「太鼓の本当の音は、4~5年たった頃から鳴り出す。使い込んだときの音を計算しながら、張り具合を定めていく」という。作業は長年の経験と勘が不可欠なのだ。

 上質材料が豊富

 濃尾平野西部に位置する津島市は伊勢湾へと注ぐ木曽川の左岸に位置し、肥(ひ)沃(よく)な堆積土により農業が盛んだ。かつては伊勢湾に面し、尾張と伊勢を結ぶ要衝・津島湊としても発展した。

 河川の上流から上質な木材が運ばれ太鼓の材料が入手しやすく、伊吹山(1377メートル)から濃尾平野に流れ込む季節風・伊吹おろしが木材の乾燥に適したことから、太鼓作りの地理的条件も整っていた。

 堀田さんによると、創業について正式な文献は残っていないが、先々代の時代に岐阜県可児市のある神社から太鼓の修理依頼を受けて胴を開くと、同店の屋号があった。「永長元年」(1096年)と当時の制作年号と所在地が明記されており、平安時代から続く歴史が判明した。

 要望を忠実再現

 店の歴史を振り返ると存続の危機も幾度かあった。昭和20年の名古屋大空襲の際、津島市は難を逃れたものの、34年の伊勢湾台風ではすべての木材が流され、約3カ月も潮水が引かなかった。

 それでも「神社に救われて神社で使うものを作ってきた。神を放ってはおけない」と、先々代は店を再興したという。

 伝統を引き継ぎ、当代の堀田さんが最も大切にしているのが、注文者の思いを忠実に再現する太鼓作り。

 「できる限り工場へ足を運んでもらい、材料の段階から話し合いながら吟味してひとつの太鼓を生み出したい」と願う。太鼓がずらり並ぶ祭りで、手塩にかけた太鼓が「いちばんいい音だね」と言ってもらうことが何よりの励みだ。

 時代の変遷で社寺以外での和太鼓の需要は伸び悩んでいるが堀田さんは、地域の祭りやイベントに無料で貸し出すなど普及にも力を注ぐ。(中部総局 三宅有、写真も)