【木下隆之のクルマ三昧】クルマの死角はゼロになる? デジタルミラー時代の先陣切るレクサス

 
コンセプトモデル「LF-FC」はサイドミラーがないことでも話題に

 2015年の東京モーターショーで、レクサスが初披露したコンセプトモデル「LF-FC」は、FCV(燃料電池車)をさらに進化させたモデルとして注目を浴びた。

 だが、僕にとっては、動力源であるFCVより興味深い機能に目が吸い寄せられた。ステージ上でスポットライトを浴びるそのモデルにはなんと、本来ならばフロントガラスの枠組みであるAピラーの付け根にあるはずのサイドミラーがなかったのである。

 では後方確認はどうするのか?

 実は、クルマ後方のトランクリッドのバンバー付近にカメラが仕込まれている。そのカメラが捉えた映像を、車内に新たに設置したモニターに映すシステムなのだ。普及したバックモニター(クルマをバックさせるときに車両後方を映し出すカメラ映像)の応用である。

 “脱ミラー”のメリット

 これによるメリットは多い。ボディに突起がなくなるため、空力的に有利である。歩行者保護にも貢献する。斜め前方の視界も良くなる。モニターをドライバーに近づければ、ドライビング中の視線の移動も少なくなる。いいことづくめなのだ。

 国連の自動車基準調和世界フォーラムでは、CMS(カメラモニタリングシステム)の是非が議論されている。その流れを受け、昨年3月に国土交通省が「バックミラー等に代わるCMSの基準」を整備した。すわ、ミラーレスの時代到来か。僕らは色めきだった。

 だが、実際に市販車に投入された例はまだない。ただ、その兆候は形になりつつある。昨年末にデビューした新型レクサスLS500には、サイドミラーレスではないものの、車内のバックミラーがCMSに置き換えられていたのだ。ミラーレス時代の最初の一歩として話題になっているのである。

 「デジタルインナーミラー」と呼ばれるそれは、一般的なバックミラーの位置にある。だがそれは鏡ではなくモニターである。パッと見ただけでは、CMSとは気づかないだろう。

 最大のメリットは、後方視界が広いことだろう。ミラーは文字通り鏡の反射であるからゆえに、後席やそこに座る乗員、あるいはリアガラスの枠などの隙間から後方確認する必要があるのに対してデジタルミラーは、リアバンバー付近の映像をそのまま写しているために視界を遮らないのである。

 初めてそれを体験する人のほとんどが、ミラーの角度を調整しようとし、顔を赤らめる。デジタルミラーを動かしても映像が変わることがないにもかかわらず、習慣的にミラー調整しようとするのだ。

 映像はレンズ次第だから、鏡では写しきれない死角を減らすこともできる。トランクの下方空間だったり、Cピラーが邪魔をする後方横方向すらも見渡せる。普及したバックモニターのように、広範なモニター監視も可能なのだ。

 レース界ではすでに導入

 スマホのカメラが実際よりも明るく写ることでも実感するように、夜間でも明るく捉えることができるのもメリットだろう。

 鏡でなくモニターだから、それはどこにあってもいい。メーター内に組み込むことも可能だ。視線の移動が少なくなることで、安全性も高まるに違いない。

 実は僕は数年前から、レースでこのシステムを使っている。レーシングマシンはロールケージと呼ばれるパイプが車内に張り巡らされている上に、リアには巨大なウイングがあり、鏡による後方視界は劣悪なのである。それを補うのがデジタルミラーだ。レース界ではもはや常識になりつつあるのだ。

 そう、将来的にはほとんどの車がCMSに置き換えられるに違いない。

 だが、デメリットもなくはない。最大のポイントは、焦点を合わせるのにコンマ数秒の時間的な遅れを伴う。鏡の反射は遠視点と呼ばれ、人間の目は鏡に反射した被写体までの距離に焦点を合わせる。つまり、リアルな物体を見ている。だが、デジタルミラーは、近視点となる。背後を走行している車そのものではなく、デジタルミラーに写っているバーチャルな映像に焦点を合わせる必要がある。そこに脳が混乱する。慣れがほとんどを解消してくれるとはいうものの、焦点の遅れは気になるものだ。

 とはいえ近い将来、バックミラーとサイドミラーは、鏡の反射ではなく、CMSと呼ばれる電気式モニターに置き換えられるのは間違いない。

木下隆之のクルマ三昧】はレーシングドライバーで自動車評論家の木下隆之さんが、最新のクルマ情報からモータースポーツまでクルマと社会を幅広く考察し、紹介する連載コラムです。更新は隔週金曜日。

【プロフィル】木下隆之(きのした・たかゆき)

レーシングドライバー 自動車評論家
ブランドアドバイザー ドライビングディレクター
東京都出身。明治学院大学卒業。出版社編集部勤務を経て独立。国内外のトップカテゴリーで優勝多数。スーパー耐久最多勝記録保持。ニュルブルクリンク24時間(ドイツ)日本人最高位、最多出場記録更新中。雑誌/Webで連載コラム多数。CM等のドライビングディレクター、イベントを企画するなどクリエイティブ業務多数。クルマ好きの青春を綴った「ジェイズな奴ら」(ネコ・バプリッシング)、経済書「豊田章男の人間力」(学研パブリッシング)等を上梓。日本カー・オブ・ザ・イヤー選考委員。日本自動車ジャーナリスト協会会員。