「ペッパー」の生みの親はどちら? ソフトバンクOBめぐり騒動 孫氏と“愛弟子”の因縁

 
ソフトバンクの公式サイトに掲載された林氏のインタビュー。「開発リーダーという表現は誤り」として修正した旨の注釈がある

 注目を集める人型ロボット「Pepper(ペッパー)」をめぐって思わぬ騒動が起きている。ペッパーを手掛けるソフトバンクグループがOBのロボット会社トップを「開発リーダー」と呼ばないよう、報道各社に突如要請文を送りつけたのだ。取材を進めると、OBとソフトバンクグループを率いる孫正義社長の因縁浅からぬ事情がいろいろ浮かび上がってきた。

◆「ペッパー事業のオーナーとして看過できない」

 「Pepperに関する表現についてご認識いただきたいことがあり、お願い申し上げます

 「生みの親」騒動は、ソフトバンクのロボット事業子会社、ソフトバンクロボティクスが冨澤文秀社長名で23日に報道各社に流した要請文で表面化した。

 要請文は、同社を退職して家庭用ロボットをつくる「GROOVE(グルーブ)X」の社長に就いた林要氏に関する報道について、「林氏をPepperの『父』『生みの親』『(元)開発者』『(元)開発責任者』『(元)開発リーダー』などと呼称することで、あたかも林氏が弊社在籍当時Pepperの技術開発の責任者又は中心的存在であったかのような印象を与える表現が散見される」と指摘した。

 そのうえで、冨澤氏は「林氏が弊社又はソフトバンク株式会社に在籍中に、Pepperに関して、企画・コンセプト作りやハード又はソフトの技術開発等、いかなる点においても主導的役割を果たしたり、Pepperに関する特許を発明したという事実」は存在しないとしたほか、「当社またはソフトバンクのロボット事業において『開発リーダー』という役職や役割が存在したことはない」と明言している。

 そして、「(元)開発リーダー」などの呼称が独り歩きすることで、「お客様や投資家の皆様等に対しても間違った印象を与えかねず、Pepper事業のオーナーである弊社といたしましても看過することはできない」と語気を強めている。

◆ソフトバンクは公式サイトを修正

 ソフトバンク側の怒りはよっぽどのようにみえるが、一方の当事者のグルーブXの話も聞いてみなければならないだろう。

 グルーブXの広報担当者はSankeiBizの取材に対し、「正直なところ驚き、困惑している」と戸惑いを隠せない様子で語った。

 どうやらグルーブX側が困惑するのもわからないでもない事情がある。そもそも、なぜ今になっての“告発”なのだろうか。

 ソフトバンクロボティクスは要請文で、「これまでも弊社は数回にわたって事実と違った呼称を使わないよう林氏サイドに対し申し入れを行ってきたが、改善がみられないため、今回改めて前述の認識についてメディアの皆様にお伝えさせていただくことにした」としている。

 一方、グルーブXの広報担当者は「当方からペッパーの『父』や『生みの親』と名乗ったことは一度もない」と反論。そうした呼称を記事の中で使ったメディアに対しても、「記者にその都度訂正するよう申し入れていた。だが、訂正に応じてもらえないことも多かった」と主張している。

 実は、林氏はソフトバンクロボティクスに在籍していた当時、ペッパーについてメディアの取材に対応していた。そしてソフトバンク側も公式サイトで林氏のことを「開発リーダーを務めるプロダクト本部 PMO室室長」と紹介していた。今でも公式サイトには、ペッパーの開発をめぐる林氏のインタビュー記事が掲載されている。

 これについて、ソフトバンクロボティクスはSankeiBizの取材に対し、「『開発リーダー』は正式な肩書ではないが、当時は(記事を読むユーザーにとって)分かりやすい肩書ということで許可していた。だが、やはり正式な肩書ではないので、今回訂正したいということだ」と釈明した。また、ペッパーの世界観やデザインもトップの孫氏が決めたもので、言うなれば、孫氏こそペッパーの「父」にふさわしいという立場のようだ。

 そして、メディアへの要請文が発表された1月23日時点で前述の公式サイトのインタビュー記事は修正され、「『開発リーダー』という表現は誤りのため該当部分を修正しました」との注釈がつけられた。

◆「ポスト孫」の期待も寄せられた林氏

 林氏はソフトバンクロボティクスを退職して起業したが、今でもソフトバンクとつながりがある。それも、孫氏と深い絆で結ばれているのだ。

 「ソフトバンクアカデミア」。これからのソフトバンクグループを担う後継者の発掘、育成を目的として開設されたもので、2~3カ月に1~2回、ソフトバンクグループの経営課題を題材としたテーマに基づくプレゼンテーション、経営をシミュレーションするゲーム、アカデミア生による自主勉強会などを行っている。

 受講生には内部と外部があり、アカデミアの開校時には「孫さんの後継者になれるかもしれない」と応募者が殺到して、ニュースになった。林氏は外部の栄えある1期生で、今も受講生として参加しているのだ。

 ソフトバンクグループの社員にとって孫氏は文字通り「カリスマ」だが、当然、林氏にとっても憧れの経営者だ。ソフトバンクロボティクスの在籍時、ペッパーのプロジェクトで壁にぶつかるたび、「孫社長の叱責を機に、プロジェクトは少しずつ軌道に乗っていった」とメディアのインタビューで振り返っている。

 ただ、こうしてみると、ますますよくわからないのが、なぜこれほど蜜月だった孫氏と林氏の間に緊張を生じさせる騒動が今回起きてしまったのかだ。真相はなお不明だが、業界関係者が「ひょっとしたら関係が…」と勘繰る出来事が最近あった。

 グルーブXは昨年12月4日、東京・汐留に大きな広告を掲出した。1カ月の期間限定だったが、汐留にはソフトバンクグループの本社があり、関係者はいやでも広告が目に入る。さらにグルーブXは同日、未来創生ファンドと産業革新機構(以下INCJ)などに対し、総額68億5000万円の第三者割当増資を実施すると発表した。事業拡大に向け、資金調達を本格化させる構えを示した。

 これが一部メディアに「グルーブXがソフトバンクに“宣戦布告”した」とやや面白おかしく報じられたのだ。

◆両者とも「ケンカしたくない」のが本音?

 グルーブXは「当社としてはソフトバンクさんとケンカしたいわけではない。『開発リーダー』と名乗りたいわけではないし、ソフトバンクさんがそうおっしゃるなら、今後も名乗らないだけ」(広報)とコメントしている。今回の騒動にかかわらず林氏は受講生としての活動を続けていきたいとの希望も持っているという。

 ソフトバンクロボティックス広報も「今回の件とアカデミアの件はまったく別の話だ」と話し、ペッパーをめぐる騒動がアカデミア受講生としての林氏の今後の立場に影響することはないとの認識を示した。

 とはいえ、これまで良好だったとされる両社、そして孫氏と“愛弟子”の関係に今回の騒動でひびが入らないか、はたまたIT業界も市場も注目している孫氏の後継者選びに影響はないのかと、誰もが気をもむところ。またさらに問題をややこしくさせているのは、当事者だけでなく、ペッパーの開発者をめぐり、好むと好まざるにかかわらず、われわれメディアの認識や報道のあり方も問われてしまった点だろう。

 孫氏と林氏はそれぞれ、この記事の掲載時点で表立ったコメントは控えている。複雑な様相を呈する騒動は今後も尾を引くのか、それとも強い絆で結ばれた師弟として和解し、雨降って地固まるのか。行く末が気がかりだ。(SankeiBiz 柿内公輔)