【木下隆之のクルマ三昧】プロドライバー、レースがない日は何してる? 仕事内容や年収構成は?

 
ドイツのニュルブルクリンク24時間レースでスタートを待つ木下氏のレクサスLFA

 様々なアンケートや公的文書の職業欄に、レーシングドライバーと記入するとき、ふと筆が止まることがある。病院の問診票や保険のアンケートだったりすると、誤解を招きそうで指が躊躇してしまうのだ。

 たいがいは「自営業」と書き込むことが多い。だが、どこか曖昧にしている自分が後ろめたいし、かといって「スポーツ選手」も話が大きくなりそうだし、「運転手」とも違うような気がする。「自由業」も怪しさが漂う。果たして何が正解なのか、未だに答えがない。

 躊躇する理由は、世間が思い描くレーシングドライバー像と実態に隔たりがあるからだ。すぐにイメージするのは「命知らず」であり、「毎日レーシングカーで飛ばしている」であろう。その先には「無謀」だとか「暴走」だとか、反社会的なキーワードが重なるような気がしてしまうからペンが怯むのである。

 ◆レースがない日は何してる?

 まず、サーキットでバトルをしている日は、想像するよりはるかに少ない。国内で最も人気のあるスーパーGTは年間8戦だ。最速カテゴリーのスーパーフォーミュラですら年間7戦。しかもレースはたいがい週末の土日開催だから、サーキットで限界まで走るのは2日間。7戦×2日=14日しか競技をしていないのである。

 仮にふたつのカテゴリーを掛け持ちしても年間15戦だ。それでも15戦×2日=30日。年間143試合のプロ野球や年間6場所(一場所15日)もある大相撲とは、同じスポーツ選手であっても生活パターンが異なるのである。

 では、レースを戦っていない日は何をしているのか?

 主なのは、レーシングマシンの開発だ。戦闘力を高めるために走り込む。だがそれすらも毎日あるわけではない。自動車やタイヤの開発に携われるドライバーはほんの一握りだが、それすらも頻繁にあるわけではないのだ。 

 その他は、所属するレーシングチームを訪れて、事前の戦略を練ったり打ち合わせをする。一方でトークショーの出演依頼をこなし、サーキット走行会の講師をする。

 著名なドライバーになれば、自らのブランドを立ち上げ、アパレルやグッズ販売をするからそのミーティングもあるだろう。だが、それ以外の空き時間にジムに通い、あるいは最近はやりのドライビングシミュレーター(バーチャル形式の運転訓練)で走る。そんな比較的穏やかな日々を過ごしているのである。

 ◆レーシングドライバーの収入構成は?

 では、レーシングドライバーの収入構成はどうなっているのだろうか。 

 ドライバーといってもピンキリだから、それぞれ事情が異なることを前提で紹介しよう。まずはチームとの契約金が柱になる。基本的には年間契約だ。支払いが月割りであったり、年初に一括であったりと支払いパターンは異なるものの、契約金が生活を支える。

 トップドライバーになれば、それは自動車メーカーやタイヤメーカーから決して少なくない契約金が得られる。

 さらには個人スポンサーが加わる。レーシングスーツやヘルメットに貼られている企業名やブランド名が、対価としてスポンサーから支払われる。もちろんトークショーや走行会のゲストとして呼ばれれば日当が発生する。その辺りが基本的な収入源になるのだ。

 ◆年間14日だけのオイシイ職業?

「な~んだ。意外と楽勝じゃん」

 そう思った人もいるだろう。年間にたった14日しか真剣勝負をしていないのだから、オイシイ職業だと思われても仕方がない。

 プロ野球の野手は年間に143試合。レギュラー選手としてバッターボックスに1試合につき4打席立つとすると、年間合計572打席。仮に三球三振であっても、1716球の豪速球を迎え撃つのである。それを考えると、命を掛けるのが年間14日というのは少なすぎると思うかもしれないね。

 ただ、僕らからすれば、決して楽な職業ではないと思う。逆に考えれば、ビジネスチャンスが年間に14日しかないのである。たった14日の自己アピールの機会を100%成功させなければならない。そこでしくじれば、翌年の契約を逃すことになる。廃業だ。1716回のチャンスがあり3割のヒットで年棒がアップするプロ野球が、その意味では羨ましい。

 もっとも詳細にいうならば、ドライバーにとって生命線である瞬間的な速さが試されるのはレースウイークの予選である。そこで目の覚めるようなタイムを叩き出さねば、ドライバーとしてダメなレッテルを貼られる。しかもそのアタックチャンスは、土曜日の午後に与えられるたった1周だけなのだ。時間にしてわずか1分30秒ほどだ。そこでコンマ数秒遅れるだけで、その後の365日の生活が失われることもあるのである。ねっ、とても酷な仕事でしょ?

 職業記入欄の横にもし、年間の業務時間を記す項目があったら「14日」となる。それじゃあんまりだから、ついつい「自由業」だなんて名乗ってしまうのである。

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【木下隆之のクルマ三昧】はレーシングドライバーで自動車評論家の木下隆之さんが、最新のクルマ情報からモータースポーツまでクルマと社会を幅広く考察し、紹介する連載コラムです。更新は隔週金曜日。

【プロフィル】木下隆之(きのした・たかゆき)

レーシングドライバー 自動車評論家
ブランドアドバイザー ドライビングディレクター
東京都出身。明治学院大学卒業。出版社編集部勤務を経て独立。国内外のトップカテゴリーで優勝多数。スーパー耐久最多勝記録保持。ニュルブルクリンク24時間(ドイツ)日本人最高位、最多出場記録更新中。雑誌/Webで連載コラム多数。CM等のドライビングディレクター、イベントを企画するなどクリエイティブ業務多数。クルマ好きの青春を綴った「ジェイズな奴ら」(ネコ・バプリッシング)、経済書「豊田章男の人間力」(学研パブリッシング)等を上梓。日本カー・オブ・ザ・イヤー選考委員。日本自動車ジャーナリスト協会会員。