【ビジネスのつぼ】キッコーマンの“鮮度保つしょうゆ”なぜヒットした? 続く進化、宇宙でも需要
■伝統調味料を現代に合わせ革新
スーパーの調味料売り場の色合いを、「黒から白に染め変えた」といわれる商品がある。キッコーマン食品の「いつでも新鮮」シリーズだ。発売は2010年。新構造の容器で風味の劣化を防ぎ、それまで大規模に出回っていなかった「生しょうゆ」を広めた点が画期的だった。押しも押されもせぬ定番商品へと育ったのは、少人数世帯が多くなり、また、より繊細な味付けが好まれるという現代の食卓事情にマッチしたからだ。
二重構造ボトル開発
しょうゆの新鮮さを保つ同商品の秘密について、「ラベルを剥がせば一目で分かるはず」と説明するのは、同社プロダクト・マネジャー室の塚本崇さん。本体ボトルの内部に、しょうゆを詰めた別の袋が納まっている二重構造が見て取れる。
蓋の部分には、しょうゆを注いだ際に空気が「袋」に入らないようにするための弁と、逆にしょうゆが減った分だけ「ボトル」の内部に空気を吸い込むための弁が付いている。この仕組みにより、しょうゆが容器内で空気に触れて酸化し、風味が落ちるのを防げるようにした。鮮度を保てる期間は、開栓後90日。一度買ったしょうゆをなかなか使い切らない単身者や少人数世帯には、とりわけありがたい機能だ。
同社が二重構造ボトルを開発したのは「フレッシュなしょうゆを求めるニーズに応える狙いがあった」と、塚本さんは説明する。
しょうゆといえば、加熱して微生物を取り除く「火入れ」を経たものが定番。この工程によってしょうゆの色が濃くなり、香りも強くなる。
一方、加熱しない生しょうゆは鮮やかな色と軽やかな風味が持ち味だけに、火入れしょうゆ以上に味が落ちやすく、大規模に流通させるのは難しかった。
「昔は濃い味付けで素材を『マスキング』する傾向が強かったが、今日では素材自体の風味を生かす味わいが好まれるようになり、生しょうゆの潜在需要が広がっていた」と塚本さん。そこで鮮度を保てる二重構造ボトルを開発し、あまり出回っていなかった生しょうゆを大々的に売り出したというわけだ。
実は、容器に弁を付けるアイデアはヤマサ醤油(しょうゆ)が先行していた。09年発売の「鮮度の一滴」シリーズだ。ただ、これは詰め替えを想定した柔らかいパウチ容器のため、量が減ると食卓などに立てづらいという弱点があり、キッコーマンも同様の商品を発売したが、二重構造ボトルに切り替えたという。
さらに今年2月には、ボトルを従来のポリエチレン製からリサイクル可能なペット製に進化させた新容器も登場。この改良で密封性を向上させたほか、重さが1本当たり5グラム軽くなり、輸送時の温室効果ガスの排出量削減にもつなげた。
「いつでも新鮮」シリーズは旗艦商品の「しぼりたて生しょうゆ」をはじめ、だし入りや、血圧改善に役立つとされる大豆ペプチドを強化した品など18種24品目を展開。パンチの利いた風味を求める声に応えた火入れしょうゆもある。
ただ、販売しているのは日本国内のみ。海外では一部の日系スーパーに並んでいるが、「特許の関係や、しょうゆに求められるレベルがそこまで成熟していない」(塚本さん)という事情があるという。
宇宙日本食に認証
同シリーズが海外展開するよりも、地球を飛び出す方が早いかもしれない。昨年9月、宇宙航空研究開発機構(JAXA)に「宇宙日本食」として認証されたのだ。
塚本さんによると、宇宙飛行士が各国の宇宙食を持ち寄る際「しょうゆはないのか?」という声があると知り、認証に挑んだという。宇宙食への採用には「無重力空間でも飛び散らない」という条件があるが、二重構造ボトルなら1滴ずつ使うことができ、容易にクリアできた。
昨年12月飛び立った金井宣茂宇宙飛行士には間に合わなかったが、来年末に3度目のフライトが予定されている野口聡一宇宙飛行士は持参する可能性がある。実現すれば、液体調味料としてはマヨネーズとケチャップに続き3例目の快挙となる。
しょうゆの国内市場規模は25年前と比べ3分の2、年間約78万キロリットルまで縮小した。地域密着性も強く、定番の調味料とあって大ヒットは望みにくい。それだけに「風味はもちろん、健康機能などの新機軸も打ち出し、トップメーカーとして業界全体を盛り上げていきたい」と、塚本さんは力を込める。(山沢義徳)
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≪企業NOW≫
■「出前授業」など食育活動にも注力
地場の中小メーカーが多く、約1500社がひしめくしょうゆ業界。キッコーマンは、グループ会社のヒゲタ醤油(東京都中央区)と合わせ、国内シェア33.2%(2016年)を握る最大手だ。昨年、会社設立100周年を迎えた。
米サンフランシスコに1957年に現地法人を設立し、日系人だけにとどまらない海外のしょうゆファンを掘り起こした歴史はよく知られている。その他の食品も含め、今や売上高の5割、営業利益の7割近くを海外100カ国以上で稼ぎ出すグローバル企業だ。
国内事業では、健康志向にマッチした商品が売れ行きを伸ばしている。リコピンの抗酸化作用への注目から、昨年はトマトジュースの市場規模が約3割拡大し、「デルモンテ」ブランドの好調が目立った。
しょうゆと同じ原料の豆乳も、飲むだけでなく調理に用いる人が増えて右肩上がりだ。
国産ブドウだけを醸造する「日本ワイン」も、注力分野の一つ。山梨県や長野県にワイナリーを持つ子会社のマンズワインが、ブドウ畑を広げて増産を進める。昨年11月に初来日したトランプ米大統領と安倍晋三首相の晩餐(ばんさん)会では、同社の日本ワインが供された。
社会貢献の面では、食育活動に力を入れている。小学校でしょうゆの作り方や食べ物の大切さなどを教える出前授業は2005年の開始以来、延べ2500回を数えた。社員525人が講師として登録しており、大人向けの出張講座「キッコーマンアカデミー」も好評だ。
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【会社概要】キッコーマン
【設立】1917年12月
【本社】千葉県野田市野田250
【資本金】116億円
【売上高】4021億円(連結、2017年3月期)
【従業員数】6771人(連結、16年末現在)
【グループ事業内容】しょうゆを中心とした調味料、食品、飲料、酒類、外食・中食、食料品卸売など。キッコーマンは持ち株会社、キッコーマン食品は主要子会社。
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