【高論卓説】革新の波、自動車産業は悲観的か 最新技術のキャッチアップが鍵

 
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 自動運転技術やシェアリングサービスの台頭など、劇的な技術革新を受けるクルマの価値の変化の前に、自動車産業への悲観的な見方が増えていることを否定できない。クルマの価値が大きく変貌するのであれば、未来モビリティーを積極的にデザインし、産業を牽引(けんいん)していくチャンスが自動車産業の手中にもあるはずであろう。その実現にはデジタル化やICT(情報通信技術)にいかに早くキャッチアップできるかが鍵を握る。

 3月初旬にスイスで開催されたジュネーブ国際自動車ショー(GIMS)は世界5大モーターショーの一つ。英マクラーレン・オートモーティブや伊ランボルギーニなど世界のスーパースポーツカーの祭典である。例年通り、仏ブガッティ、独ポルシェなどの高級スポーツカーのコンセプトがめじろ押しとなった。

 確かに近年の先進国モーターショーの熱気は低下気味だ。CES(コンシューマー・エレクトロニクス・ショー)やSXSW(サウス・バイ・サウスウエスト)にテクノロジー、人工知能(AI)、コンテンツの人気を奪われ、伝統的な自動車ショーに対する注目は地盤沈下が続いている。

 しかし、高級車ショーの位置にあるGIMSの雰囲気は違う。持続可能なモビリティー社会を構築する電気自動車(EV)、自動運転車(AV)、コネクテッド・モビリティーを包括した未来のモビリティーを設計・提案する場として急速に進化している。そういった高価なサービスやテクノロジーを早い段階で搭載できるのが高級車である。いわゆる「CASE(ケース)」時代における、パーソナルなクルマの価値の輪郭が浮かび上がるショーなのである。

 CASEとは、独ダイムラーが2016年に定義づけた、「C=Connected(コネクテッド)」「A=Autonomous(自動運転)」「S=Shared(共有)」、動力源を示す「E=E-Mobility(電動化)」の4つのキーワードの頭文字をとった自動車のメガトレンドである。「CASE」がもたらすモビリティー革命は、クルマの価値、産業の競争力、付加価値連鎖に多大な変化をもたらすといわれる。

 自動車産業にとってモビリティー革命が避けられない脅威か、逆説的に好機となるのか、この将来は混沌(こんとん)としている。ただし、自動車産業が「CASE」対応へ出遅れれば、命取りとなりかねないことははっきりといえるだろう。

 ジュネーブでも、「CASE」対応へ全体的に取り組む企業戦略を盛り込んだコンセプトやプレゼンテーションにあふれている。同時に、ブランド、走りやサービスの体験、デザイン、モノづくり領域も含め、伝統領域での魅力と価値にチャレンジする精神が、バランスよく示された。

 独メルセデス・ベンツ、独フォルクスワーゲン、トヨタ自動車はそれぞれ異なる事業戦略に立つ。その中でも、「CASE」と伝統領域を両立させ、クルマの保有価値を高めようとすることでは一致している。これは、都市型の配車サービスを自社ビジネスに取り込みながらも、伝統領域のピックアップ事業を磨き込む米国メーカーでも考えは同じだろう。

 目前に導入が迫る都市型の配車サービスに注目が行きがちであるが、一気に自動車の所有構造が共有に置き換わるものではない。パーソナルな保有ビジネス領域へも「CASE」改革を先導できる自動車メーカーには、強力な競争力が残されているということである。

 攻める側となるIT企業やサービス企業が有しないものが、伝統領域における自動車の価値や技術である。

 守る側の自動車産業は、伝統領域の磨き込みと「CASE」を融合させることで、個人保有として継続する領域では、自動車産業は圧倒的に優位と再認識する手応えがジュネーブ・ショーにはあった。「CASE」領域へ競争優位が移行しても、自動車産業にはIT企業に追いつき、追い越せる底力がある。

【プロフィル】中西孝樹

 なかにし・たかき ナカニシ自動車産業リサーチ代表兼アナリスト。米オレゴン大卒。山一証券、JPモルガン証券などを経て、2013年にナカニシ自動車産業リサーチを設立。著書に「トヨタ対VW」など。