【高論卓説】働き方改革が人事部門にもたらすもの 一律管理から多様な社員対応へ転換
働き方改革関連法が衆議院での可決を経て、参議院本会議で可決され、成立した。2019年4月から順次適用される。残業時間が年720時間、月100時間未満に規制され、違反した場合の罰則規定が設けられたり、一定日数の有給休暇取得が義務化されるなど、長時間労働が抑制される。一方、裁量労働の適用範囲が拡大されたり、年収1075万円以上の特定の専門職を残業規制から除外する高度プロフェッショナル制度が導入されたりするなど、働き方の多様化も拡大する。
企業の人事課題の解決や、能力開発をサポートしている中、働き方改革に関連した相談は月を経るごとに増えているが、その内容は、次の3点に大別される。(1)働き方改革関連法が適用されるにあたり、企業が実施しなければならないことは何か(2)労働時間が短くなる中、生産性を上げるにはどうすればよいか(3)働き方がさらに多様化する状況下、さまざまな社員の意欲をどのように高めていけばよいか-という点だ。
1点目の企業が実施しなければならない点に関しては、働き方改革関連法に照らして企業が実施すべきことを網羅することにとどまらない。自社の働き方をどうしたいのか、どこに主眼を置くかを見極め、その点に注力して改革を進めることが肝心だ。そのために、労働環境に関する課題の洗い出しや絞り込み、解決策のアイデアの創出、実行プランの確度向上などのサポートをしている。
2点目の生産性を上げる観点からは、会議時間の短縮のためのリーダー層の「ファシリテーションスキル」や、若手社員の「マルチタスク管理スキル」の向上に取り組む企業が多い。私の20年来の能力開発演習経験を踏まえると、マルチタスクの優先順位付きとスケジューリングの巧拙は、他の社員のアクションを待ってから実行すべき業務や、その期間に実施しなくてもよく、いわば一旦机の下に落としてもよい業務に分けることができるかどうかにかかっていると考えている。日本のビジネスパーソンは業務を机の下に振り分けることが不得意で、業務を自分で抱え込み過ぎて結局実行できなくなってしまうことが多いからだ。
3点目の多様化する社員の意欲をいかに高めるかという点は、難易度が高い。働き方改革関連法に沿って企業が実施するアクションの展開によっては、社員の意欲を低下させてしまう恐れがあるからだ。例えば、一律の残業時間規制は、目標達成に向けてチャレンジする意欲が高い人のやる気を減殺させる。多岐にわたる働き方改革の取り組み事項を網羅的に管理しようとすると、自律裁量によりモチベーションが上がりやすい人の意欲を低下させる。
一律で網羅的な取り組みでは、働き方改革の実行が立ち行かない理由はそこにある。社員それぞれが持つ意欲を高める要素(モチベーションファクター)に働き掛けて、多様な社員の意欲を高めることができるかどうかに、働き方改革の実現はかかっている。そして、そのことは、企業の成長とともに大規模組織を管理することに注力してきた企業の人事部にとっては、高いハードルだ。
1947年の労働基準法制定以来、初めて、残業時間に上限が設定される働き方改革関連法を、安倍晋三首相は「70年に及ぶ労働基準法の歴史的な大改革」であると位置づけている。働き方改革関連法は、一律管理から、多様な社員のハンドリングに移行する、人事部門の大転換なのだ。
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【プロフィル】山口博
やまぐち・ひろし モチベーションファクター代表取締役。慶大卒。サンパウロ大留学。第一生命保険、PwC、KPMGなどを経て、2017年にモチベーションファクター設立。横浜国立大学非常勤講師。著書に『チームを動かすファシリテーションのドリル』(扶桑社)。55歳。長野県出身。
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