【栃木発 輝く】伝統の技で作る生人形 お化け屋敷の第一人者、丸山工芸社
平成最後の夏は記録的な猛暑となった。ドッキリ、ヒヤリで気分も涼しくしたいなら、お化け屋敷。技術の進歩でさまざまな仕掛け、演出が可能になっているが、白い肌に恨めしそうな目、生々しい表情をした人形で驚かせる昔ながらのお化け屋敷も見直されている。
お化け屋敷に欠かせない「生(いき)人形」の製作を中心に、各地のお化け屋敷の設営などを手掛けている全国でも数少ない会社が栃木県佐野市の丸山工芸社だ。同社3代目の柳誠社長の手掛ける「佐野の生人形」は栃木県の伝統工芸品に指定され、現代に匠(たくみ)の技を伝えている。
ものづくりの神髄
生人形は、江戸時代後期から明治時代にかけて極めて精緻に製作された人形。実際に生きている人間のように見える表情や体の動きが再現されており、細部を精密に作り込む日本人のものづくりの神髄が示されていた。各地の興行で大いに人気を呼んだが、その後、需要はなくなり、廃れていった。
ただ、お化け屋敷では、昔ながらの手作り人形の生々しい表情が怖さを演出してきた。生人形の伝統が生きている現場だ。
作り方はだるまの型抜きと同じ。土台の上に和紙を貼って形を整える。「どうやって見た瞬間に驚かせるか。顎を引いてにらみつけるような目線で怖く見せる。目は重要」と柳社長。肌の質感も丁寧に再現。表面のでこぼこを直すため桐の粉や、白色の顔料である胡粉(ごふん)など材料も吟味し、一体一体手作りする。
同社は人形製作だけでなく、お化け屋敷のプロデュース、設営も手掛ける。昭和のレトロ感が漂う演出は中高年や高齢者には懐かしさを感じさせ、若者には斬新な印象を与える。
地方都市では地域活性化の取り組みとも連動する。宇都宮市の中心市街地、オリオン通りにある空き店舗を利用したイベントスペースでは夏恒例の「お化け屋敷」を26日まで開催中。2012年に始まり、今年で7年目。100平方メートルの、それほど大きくない空間に順路を工夫し、迫力ある演出を施す。地元の子供たちを中心にリピーターも多く、人気も定着してきた。
ショッピングモールや道の駅などでの開設も多い。「お化け屋敷は中に入らないと(出来、不出来が)分からない。一番いい場面を表から見えるようにして足を止めてもらい、引き付けるものがないといけない」といい、コースの途中、順路が外から見える部分を作って怪談の名場面を演出する工夫も。
また、電車の中をお化け一色にする銚子電鉄(千葉県銚子市)の「お化け屋敷電車」(26日まで、金、土、日曜など)のユニークな取り組みも今年で4年目だ。
浅草花やしきから
同社は1922年、柳社長の父、梅吉さんが「丸山娯楽園」として創業。日本最古の遊園地、浅草花やしき(東京都台東区)で手掛けて以来、全国の遊園地やデパート、夏のイベントで多くのお化け屋敷に携わってきた。
その後、遊園地は減少。高い技術を必要とするが、需要の伸びない人形作りは、後継者にとって事業を継承する環境が厳しく、同業者は次々と廃業した。
父、兄に続く3代目として柳社長が同社を継ぎ、法人化したが、ハイテクの流れに人形で驚かせる手法が古くさいとされた時期もあった。だが、手作りの質感や本物を求められる時代となり、再び脚光を浴びている。4代目となる次男、亮太さん(37)にいろいろな技術を教えており、後継者育成にも余念がない。(水野拓昌)
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【会社概要】丸山工芸社
▽本社=栃木県佐野市田沼町727 ((電)0283・62・0279)
▽創業=1922年
▽設立=84年
▽資本金=1000万円
▽従業員=6人
▽事業内容=人形製作、お化け屋敷の企画、設計、設営、遊具・アトラクションの設営、屋外広告の製作など。
■柳誠社長「筆一本の手作り 似せて動き与える」
--生人形製作で大切なのは
「人間に似せるだけでなく、動き出すような形に、立っているだけでなく、動作が伴うような形で作る。化け物よりも(人間の姿の)幽霊は難しい。顎を引いて、目線の高さでにらみつけるような目にする。目は重要。人に負けないものを作るという気持ちでやらないと。『いいや、いいや』では駄目」
--手作りでの苦労は
「作り方はだるまの型抜きと同じ。材料は和紙とかで、特別な物はない。昔はご飯粒をつぶしてのりを作った。それがひと苦労。表面のでこぼこを直すのにへら一つで桐の粉とのりで固めるが、桐の粉に小さな虫の卵が入ることもあり、1年たって虫に食われたらがっかり。今は業者が専用のものを用意するので虫がいることはない」
--お化け屋敷も手掛ける
「その比重は大きくなっている。企画書を書いて、人形を作って驚かせる仕掛けも作る。重要なのは驚かせるポイント。また、表から見える場所に1場面作る。基本的に入り口と出口だけで、中は分からないが、お客さんを引き付ける要素がないと。現場(施設側)は入場料を払わないお客さんに見えちゃうのはもったいないと言うが、足を止めてもらう工夫も必要だ」
--次の世代に引き継ぐには
「好きじゃないとできない。自分も若いときは、でっち奉公のような感じで給料は少なく、同年代の若者は休みの日に遊び歩いている。これでいいのか考えたけど、真剣になって人形作りをやる方向に考えた。修業先でも技術を目で盗むように自分で習得した。同業者はたくさんいたが、人形だけでは生活できないと、みんな辞めていった。今、せがれ(次男、亮太さん)に教えているけど、いろいろな技術を覚えないといけない。人形作りは筆一本。細かいところはしっかり、落ち着いてやらないと。仕事はいろいろあって、なかなか時間はないんだが」
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【プロフィル】柳誠
やなぎ・まこと 中学校卒業後、岡山県の人形師や歌舞伎の舞台背景や装置を製作する会社などで数年修業。実家に戻り、1984年に丸山工芸社を法人化、社長に就任。73歳。栃木県出身。
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≪イチ押し!≫今年は怪談「牡丹灯籠」で涼もう
「四谷怪談」「皿屋敷」と並び日本三大怪談とされる「牡丹灯籠(ぼたんどうろう)」は明治時代、落語として登場、その後、歌舞伎として上演され、戦後は映画にもなった。浪人、新三郎と旗本の娘、お露との悲しくも恐ろしい愛。夜ごと牡丹灯籠を提げて新三郎の元を訪れるお露の正体は亡霊だった。戸にお札を貼って家の中に籠もる新三郎だが…。
道の駅どまんなかたぬま(栃木県佐野市)の「どまんなかホール」に26日まで設置されている「怪談お化け屋敷」の今年のテーマは「牡丹灯籠」は一場面。丸山工芸社が地元で設営する毎年恒例のお化け屋敷。真っ暗な順路を進むと、音や風、突然登場するお化けの人形と怖いポイントが数々登場するが、1部と2部の間、真っ暗な室内をいったん出る順路となっており、ここにこの怪談の名場面のセットが組まれ、お化け屋敷利用者以外も見ることができる。
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