【高論卓説】ビール類シェア競争に異変 キリンの海外PB生産算入に波紋
今年のビール類(ビール、発泡酒、第3のビール)商戦に異変が起きている。業界2位のキリンビールが今春以降、大手流通各社からプライベートブランド(PB)の製造を請け負ったのだが、このことが大きくシェアに変動を与えた。とりわけ大きいのが、イオンより請けた第3のビールの「バーリアル」。韓国のハイトが長く受託製造していたが、イオンは6月販売分からキリンに切り替えた。
新聞や雑誌で報じられるビール類の出荷量やシェアは、業界団体であるビール酒造組合に加盟する大手5社だけの数字だ。海外で生産されたPBについては、数字は計上されていない。ところが、キリンはPBの受託製造分を上半期(1月~6月)に算入したのだ。
この結果、キリンのシェアは急伸。自社ブランドの新製品のヒットも加わり、34.0%(前年同期比2.3%増)に。バーリアルの7カ月分が計上される12月までの通期では、さらに上昇する可能性は高い。アサヒビールとサントリービールは上半期、PB分を計上したキリンに反発を示した。
大手5社の課税出荷量を基にする現行の統計は、1992年から始まる。それ以前は、オリオンビールを除く大手4社の自己申告による販売量をベースに、マスコミ各社がシェアを算出していた。しかし、92年にも実は“スッタモンダ”が起きた。
85年まで6割を超えるシェアを誇っていたキリンが、シェア5割を割ったのは89年(48.8%)。当時、キリンの実力社長だったM氏は翌90年3月に退任を予定していた。が、“5割割れ”を憂え1期2年の続投を決めてしまう。2年後の92年の年明け、キリンが91年に5割復帰を果たしたのかどうかで、業界は紛糾する。このため、自己申告を改め現行方式に変わったのが経緯だ。ちなみに、91年のキリンのシェア(4社)は自己申告ベースで49.95%だった。
当時は大手流通のPBはなかった。大手流通の海外受託生産が大がかりに始まったのは、円高基調だった2000年代後半から。ちなみに、キリンが現在つくっているバーリアルはさいたま市内のミニストップで84円(350ml缶、税込み)。同じ第3のビール「キリンのどごし生」の143円(同)より59円も安い。
キリンのイオンからの受託分は、「年間1000万箱(1箱は大瓶20本)強では」(ライバル社)と目されていて、年間シェアなら3%を超えるかもしれない。
一方、3層あるビール類の税額は26年までに統一されていく。ビールが下がり、第3のビールは上がっていく。それでも、PBの店頭価格は下げなければならないため、キリンには相当なコストダウン圧力がかかるはず。また、円高となれば今回とは逆に、海外へ生産が切り替えられる可能性も生じる。何より、バーリアルに「キリン」のロゴは印刷されていない。
ビールは装置産業の代表格。工場の稼働率が重要なのは言うまでもない。だが、シェア競争が過熱するあまり、消費者の関心がビール類から離れてしまう事態だけは避けなければならない。ビール類は生活者に寄り添う商品なのだから。
◇
【プロフィル】永井隆
ながい・たかし ジャーナリスト。明大卒。東京タイムズ記者を経て1992年からフリー。著書は『EVウォーズ』『アサヒビール 30年目の逆襲』『サントリー対キリン』など多数。
関連記事