あくまでビジネス ダウン症の店員が運営するカフェが大成功したワケ
昨年、六本木に2度にわたり期間限定でオープンした「注文をまちがえる料理店」は記憶に新しい。認知症を持つ従業員による不完全なサービスを前面に打ち出したこの店は、人による「間違い」を受け入れ、楽しむ寛容さをユニークな手法で社会に提案した。
◆日本でヒット
国内外のメディア・福祉・街づくり関係者などからの問い合わせは数百件にのぼり、それに応える形で2冊の関連書籍も年内に出版。このプロジェクトの発案者であるTVプロデューサーの小国士朗氏は、「誰もが『ここに居ていいんだ』と思える居場所が、どのくらい町の中にあるかがすごく重要だと思っている。<中略> そうしたことが、ダイバーシティ(多様性)を認めていくこと」と語り、「おおらかな気分が、日本中に広がること」を願う。
継続的なビジネスとしての実現可能性は小国氏も疑問を呈するところではあるが、現在、社団法人の設立に向けて準備中。何より少子高齢化により人材確保が急務となりつつある日本において、「不完全な」人材を活用する姿勢と方法の一つを提示したインパクトで大きな反響を呼んだ。
◆オランダで大成功「ブラウニーズ・アンド・ダウニーズ」
一方オランダには、類似のコンセプトで、既にビジネスとして大成功を収めている会社がある。ダウン症などの発達障害を持つ従業員が中心となって運営する「ブラウニーズ・アンド・ダウニーズ」という名のカフェレストランで、2010年の第一号店のオープンから8年経った現在、店舗数は国外を含め48にまで増加している。
経営チームはほぼ定型発達のスタッフ(発達障害ではない人)が固めるが、各店舗の現場ではダウン症に限らず自閉症スペクトラム、ADHD(注意欠陥多動性障害)、学習障害など、様々な発達障害を持つスタッフと定型発達のスタッフが同等の賃金が支払われ(現在オランダの最低賃金は22歳以上で時給9.20ユーロ≒1190円)、協力してキッチンやホールを回している。
同社は政府からデイケアとしての認定を受けているため若干の助成を受けてはいるが、あくまでビジネスとして経営することが企業としてのこだわり。政府からの補助金は完全に分離して管理し、人件費や家賃など経営の必要経費は全てカフェの収益で賄っているという。「2020年までに80店舗」の目標は掲げているものの、サービスの質と従業員へのケアを保つために、事業拡張を第一義とはしない方針だ。
◆「教育実習生」が起業
創業者のテイス・スウィンケルズ氏がこのカフェの構想を得た時には、スポーツ教育を専攻する教員志願者だった。教育実習先が特別支援学校になった時はがっかりしたものの、現場で出会ったダウン症を持つ生徒たちの人懐っこい歓迎に感銘を受ける。卒業後、彼らを含む誰もが「安全に学び、働いてまっとうな賃金を得る」場を作るために、アルバイト経験のあった飲食店を起業した。現在営業中のフランチャイズの中にはB&Bを併設する店舗もあり、2016年には、お店で人気の40種類のケーキの詳細な作り方を、従業員のポートレートと共にまとめたレシピ本も出版。企業は成長を続けている。
◆成功の鍵は?
今回、本社への取材で「事業がここまで成功した理由は何だと考えるか」と尋ねたところ、同社の掲げる「3つのミッション」が答えとして返ってきた。第一に提供する料理へのこだわり。第二に「特別な」店員によるサービス。そして最後に誰もが受け入れられるような家庭的な雰囲気を提供することである。
正直なところ、「福祉への意識が高いオランダにおいて、いつものようにカフェでコーヒーを飲むついでに手軽に社会貢献ができる点が受けているのだろう」くらいに考えていた筆者も、それならと最寄りの店舗に出かけてみた。中途半端な時間だったがテラス席も店内もほぼ満席で、メニューの価格帯は横並びの他のカフェと同等か若干お安め。ハイティーやランチメニューも充実しているが、ここはやはり看板メニューのブラウニー(生クリーム付き3.45ユーロ)を注文した。
少し時間がかかって運ばれてきたそれは、なんとこだわりの焼き立てで、オランダでは珍しいチョコレートの濃厚さと香ばしさで蒸せ返りそうになるような豊かな風味の本格ブラウニーだった。
そして会計時のレジの店員は、36ユーロのお釣りをお札と硬貨でどう構成したらいいか分からず同僚にヘルプを求めていたが、筆者がオランダ語のつたない外国人であることをいつの間にか察して、初めから流暢な英語と親切な笑顔で対応してくれた。近年、移民同化政策が厳しさを増し、こちらから英語で話しかけるとちょっとした苛立ちが返ってくることの多いオランダにおいて、なんとも受け入れられた感覚を持って店を後にした。
「特別な」店員は、「特別な」客にもシンパシーを持って分け隔てなく接客してくれるのかもしれない。でも、何もかも「特別」でない人なんてどこにいるだろう?
冒頭でふれた「注文をまちがえる料理店」の小国氏は、「注文と違う料理が来たけど、これもおいしいからいいか」と思ってもらえるよう、最高においしいメニューを揃えるのに苦労したという。
「ブラウニーズ・アンド・ダウニーズ」もまた、おそらく料理へのこだわりが基礎としてあり(オランダ国内であまりメジャーでなかったブラウニーに着目したのもラッキーだったと言えるかもしれない)、その上に「特別な」店員からのフレンドリーできめ細やかなサービスや、彼らを育て活用するカフェのおおらかな雰囲気、そして筆者が疑っていた社会貢献としての充実感などの付加価値が上乗せされて、このカフェを特別なものにしているのだろうという印象を受けた。
◆創業者の「次なる目標」
スウィンケルズ氏は今年、国内のビジネスカレッジにおけるスピーチで「発達障害を持つ人も学べる職業訓練校を創設できないか模索中だ」と現在の目標を語り、「最も教育を必要とする人たちが、最も早く教育を終えてしまうのはおかしい」と、通常18歳で終了となるオランダの特別支援教育に苦言を呈した。
「うちの店でダウン症の店員がコーヒーを運んでくるくらいなら文句は出ない。しかし例えば、ダウン症を持つセールスマンが車の説明をしに来たら? 今の世の中では受け入れてもらえないだろう。彼は実際、あなたや私よりも車の知識は豊富かもしれないのに。私が変えたいのはそういった人々のマインドセットだ」と語る30代の経営者の目は、限りなくインクルーシブな未来を見据えている。(ステレンフェルト幸子/5時から作家塾(R))
《5時から作家塾(R)》 1999年1月、著者デビュー志願者を支援することを目的に、書籍プロデューサー、ライター、ISEZE_BOOKへの書評寄稿者などから成るグループとして発足。その後、現在の代表である吉田克己の独立・起業に伴い、2002年4月にNPO法人化。現在は、Webサイトのコーナー企画、コンテンツ提供、原稿執筆など、編集ディレクター&ライター集団として活動中。
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