【日本発!起業家の挑戦】ブルーイノベーション 室内自律飛行ドローンで世界目指す
□ブルーイノベーション社長・熊田貴之氏に聞く ブルーイノベーション(東京都文京区)は昨年、ドローン(小型無人機)を使ったオフィス内巡回・残業抑制システム「T-FREND」構想を発表し、特に海外メディアから大きな注目を集めた。しかし、実は、T-FRENDは同社の持つ技術のごく一部に過ぎない。同社の事業範囲は広く、世間の注目という点ではそれに劣るかもしれないが、もっと広く重要な領域においてその影響力を増している。
熊田貴之社長に、防災事業を展開していたアイコムネット(前社名)時代について、またそもそも同社がなぜドローン事業にかじを切ったのかについて話を聞いた。話題は日本と世界におけるドローンの未来、ドローン産業界のさらなる成長を抑制している原因は何なのかにも及んだ。業界が非常に特殊かつ利益の見込めるニッチに力を入れざるを得なくなったのは、日本政府のドローン飛行取り締まり強化だったのかもしれない。その理由も掘り下げる。
地下トンネルを点検
--ブルーイノベーションの事業説明に『ドローン・インテグレーター』という言葉を使うことが多いですね。その意味を教えてください
「ここで言うインテグレーターとは、特定の課題を解決するために、ハードウエアとソフトウエアを引き合わせ、あるいは両者を結びつける人のことです。僕たちはドローンを作るメーカーではありませんし、消費者向けの製品も持っていません。異なる業界のさまざまな法人顧客をターゲットに、ドローンを使って彼らの課題を解決するのが仕事です。インフラ整備からメーカーとの機体共同開発までさまざまな側面から支援して課題解決を実現します」
--創業当初はドローンとはまったく関係のない事業を営んでいた
「そうです。1999年に創業した前身のアイコムネットでは、大学院での研究を生かして海岸侵食に関する調査や津波対策などの海岸コンサルティング事業、防災環境事業をおこなっていました」
--大切な事業ですね。ドローン事業に軸足を移したきっかけは
「東日本大震災直後、海岸の予測分析をする際に、現状を空から撮った写真が必要でしたが、十分な情報を得られる画像が手に入りにくかったのです。津波の被害を受けた後で、僕たちの仕事が最も必要とされるときであったにもかかわらず、空撮写真がほとんどない。これは問題でした。そこで、東京大学の航空宇宙工学科の鈴木教授に相談し、ドローン技術を活用した海岸撮影をすることになったのです。ドローンの力に驚き、これはすごいことができると直感し、ドローン事業に注力することになったんです」
--海岸調査のためのドローン開発に特化するのではなく、ドローンを使ったさまざまな事業をおこなうようになった理由は
「当初はドローンを使った海岸事業をしていましたが、いろいろな業種の企業からドローンに関する問い合わせや協業の誘いが舞い込むようになりました。スタートアップから大企業まで事業規模にかかわらず、ドローンへの関心、その需要が高いことが分かりました。最大のきっかけになったのはヤフーとの協業ですね。このまったく新しい市場は、海岸コンサルティングよりもはるかに大きな市場になると感じました」
--それから数年間でドローンを使った多様な事業を展開していますね。東京の丸の内では、三菱地所などと共同で地下トンネルをドローンで点検する実証実験をしましたね
「はい。とてもおもしろいプロジェクトですよ。配管が通っているようなトンネルなので幅が狭く、地下にあるのでGPS(衛星利用測位システム)、Wi-Fi、その他の無線信号も届きません。その環境でドローンは自律飛行することが求められます。最終的には、長距離・長時間、その環境下で飛行できるようにならなければいけません。これについてはまだ開発の初期段階ですが、すでに何度かテスト飛行を成功させています」
--GPSや無線信号なしにどうやって周りに衝突したり墜落したりせず飛行できるんですか
「詳細はいずれ明らかにしますが、今はまだ詳しいことが言えません。特殊な電波発信機を使ってドローンが自らの位置を確認することで操縦者やGPSがなくても障害物に当たることなく設定ルートを飛行できるようになります。暗いところでも大丈夫です」
--ブルーイノベーションのプロジェクトの多くがドローンの室内飛行を使った課題解決のようですね
「そうですね。さまざまな重要課題があります。オフィス内巡回もそうですし、下水管の点検や工場・倉庫内の警備や点検も室内の自律飛行が鍵になっています。ドローンの室内での利活用はかなり将来性が見込める分野です。解決できる課題は山積だと言ってもいいでしょう」
--東京などの都市部では、ここ数年で規制が急に厳しくなってドローンを自由に屋外で飛ばすことができなくなりました。室内ドローンの分野に力を注ぐ理由の一つはそれですか
「はい。もちろんドローンの屋外での利活用にはいろいろな可能性がありますが、ルールが非常に多いのが実情です。一方で、この規制が日本のドローン業界には良い方向に働くかもしれないと思っています。世界が一生懸命、屋外に目をこらしているなか、日本にいる僕たちは室内飛行で難しい問題を解決するしか成功する道がない状況にあります。幸い、日本には優れたセンサー技術があります。それを生かしたドローンの室内飛行を磨いていけば、日本企業がこのニッチ市場を支配する可能性があると思います」
センサー技術武器に
--現在、世界を見渡せばドローンが物流や農業、地形などの環境の監視といった分野で利用されています。長期的にみて、ドローンによって最も大きくディスラプト(破壊)される業界はなんだと予測していますか
「物流だと思います。飛行技術は、過去にそのように展開していったからです。航空機が最初に大規模に使われたのは、戦争でした。軍用機として普及した後、技術革新とコストダウンによって、民間輸送に利用されるようになり物流は大きく変わりました。ドローンが世界中で幅広く使われるようになると、類似の展開が予測されます」
--ドローンがまだその段階に達していない原因は何でしょう。ハードウエアの限界か、またはソフトウエアに成長を阻害する理由があるのでしょうか
「多くの企業がドローンのソフト面に力を入れていますが、今、足を引っ張っているのはほとんどがハードの問題だと思います。たとえば、飛行時間や最大積載量がドローンの利活用を制限する要因となっています」
--なるほど。室内飛行でも、長い洞道や下水管の検査といった場面で10分や15分しか飛行できなければそれが足かせになりますね
「そのとおりです。現実に検査を行うとなると、長距離・長時間飛行が必須です。その限界に加えて、物流においては積載量の限界が成長を妨げる要因になっています。2キロの荷物を数キロ飛ばせるドローンはアイデアとしてはとてもおもしろいですが、現実世界の物流を考えたときにそれではできることがあまりにも限られています。もちろんその制限を取り除こうと、業界全体が日々進歩しています」
--現状ではドローン技術の世界的リーダーは中国だとされています。日本はそれに対抗することができますか
「中国はハード面ではるかに先を行っていると思います。世界一の技術力です。しかし、それにソフト及びセンサー技術を組み合わせて、ドローンを活用するという点においては日本企業に大きなチャンスがあります。コアとなるドローンの機体ではなく、その上のサービスの層において日本は躍進できると思います」
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多くの中小企業にとって、新しい物にチャンスを見い出す熊田氏のような柔軟性は重要であり、彼の姿勢から学べるものがあると思う。熊田氏は大学院在学時代からの自らの専門分野である海岸事業が震災後数年経って縮小していくことを感じたときに、黎明期のドローンの可能性を鋭く嗅ぎ分けてそのチャンスをつかんだ。それにとどまらず、規制により屋外でのドローン利活用が難しくなったときも室内自律飛行に力を入れて活路を見い出した。世界を見渡してハードウエアで劣っていることに気づけば、アイデアを絞って技術のインテグレーションと活用で業界を牽引(けんいん)する道を選んだ。
いずれのステージにおいても、熊田氏は難しい状況を自社の強みへと転換してきた。それこそが、スタートアップが真に成功する唯一の道だ。
文:ティム・ロメロ
訳:堀まどか
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【プロフィル】ティム・ロメロ
米国出身。東京に拠点を置き、起業家として活躍。20年以上前に来日し、以来複数の会社を立ち上げ、売却。“Disrupting Japan”(日本をディスラプトする)と題するポッドキャストを主催するほか、起業家のメンター及び投資家としても日本のスタートアップコミュニティーに深く関与する。公式ホームページ=http://www.t3.org、ポッドキャスト=http://www.disruptingjapan.com/
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