【木下隆之のクルマ三昧】レクサス生産工場の女性ガイドに思わずうなったワケ
そこは生産工場から連想するのとは異なり、耳をつんざくような打撃音も少なく、ブザーやサイレンが鳴り響くこともなかった。金属が焼け焦げる匂いもなく、ゴムが擦れる異臭もしない。
だが目の前では、いわゆる典型的な自動車生産工場らしく、自動化されたラインに乗ったクルマが組み立てられていく。人がゆっくりと歩くような速度で金属の骨組みが流れ、それは次第にクルマの形となり、62秒で一台のペースで完成していくのだ。
トヨタの宮田工場を見学
レクサスESの試乗を終えた翌日、僕はレクサスが生産される拠点の一つであるトヨタ自動車九州の宮田工場の見学が許された。レクサスクオリティを担保するそこでは、最新のESだけでなく、CT、RX、NXが産声をあげる。ここから世界に旅立っていくのだとおもうと、ちょっと感慨深い気持ちになったのも事実だ。
いやはや、金属の塊が少しずつ形になり、無機質にパーツとパーツが組み付けられているだけのそんな空間に足を踏み入れただけだというのに、何かの生命が誕生するかのようなハートフルな気持ちになった。理由は数々あれども、僕は意外なことに、案内役の女性の一挙手一投足にも、もてなしの気持ちが滲み出ていたからだと思う。
普段は、小学生の工場見学で賑やかなはずだ。この日も、地元の小学生たちが楽しげに館内を走り回っていた。一方で、生産業に携わる人達の勉強の施設としても機能していると聞く。あるいは自らの愛車の誕生を確認したいというレクサスオーナーを招くことも少なくないという。その案内役の女性の物腰は優しく、知識はとてつもなく深かったことに驚かされたのだ。
その女性の名は、的場香織さんといった。
工場はもちろんとても清潔だった。塵ひとつない。サプライヤーから搬入されるパーツの一つひとつは、工場に運び込まれる前に風が当てられて清めるといった徹底ぶりだ。数々の種類のモデルが同じラインで組み立てられる「混流生産」方式を採用していることや、もはや英語にすらなった「カンバン」方式には驚かないが、作業員の肉体的負担を軽減するために、作業しやすい位置までクルマが上下することや、潜り込んでの作業をせずに済むように、クルマが回転したり逆さまになったりする。人がクルマを組み立てるのではなく、クルマが人に組み立ててもらう、といった思想が徹底しているように思った。
「なぜ、大変だとわかるのですか?」
そしてそのすべてを案内する女性の知識と造詣が驚くほど深いことに驚かされた。僕らの矢継ぎ早の質問に対して、間を置くことになく適確に答えてくれたのである。
たとえば、塗装工程でのこと。
「一台塗装するのに、何本の塗料が必要ですか」
そういった質問はあたりまえのように回答してくれる。塗料の分子的な構造までも説明してくれたのだ。
鉄板と鉄板の接着工程でも言葉が淀むことはなかった。
「作業は力が必要なのです。簡単に見えて、熟練工でなければこなせない作業なのです」とのこと。
「なぜ、大変だとわかるのですか?」
「実際に体験したからです」
そう、案内役の女性も自ら、工員と同等に作業を体験し、その実体験を言葉にして伝えるのである。
レクサスが高級プレミアムブランドとして認められるために、高品質なクルマを開発しようと努力するのは当然のこと。だがその一方で、レクサスのある豊かな生活を創造するのもプレミアムの基本である。そして日本車であることで、もてなしの心も欠かせない。もてなしの心は、小さな島国の日本の、東の外れの九州の、その中の小さな宮田工場の、そして案内係の女性の物腰にも徹底していたのである。
なんだかいい気持ちになった1日でした。
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【木下隆之のクルマ三昧】はレーシングドライバーで自動車評論家の木下隆之さんが、最新のクルマ情報からモータースポーツまでクルマと社会を幅広く考察し、紹介する連載コラムです。更新は原則隔週金曜日。アーカイブはこちらから。
木下さんがSankeiBizで好評連載中のコラム「木下隆之の試乗スケッチ」はこちらから。
【プロフィル】木下隆之(きのした・たかゆき)
ブランドアドバイザー ドライビングディレクター
東京都出身。明治学院大学卒業。出版社編集部勤務を経て独立。国内外のトップカテゴリーで優勝多数。スーパー耐久最多勝記録保持。ニュルブルクリンク24時間(ドイツ)日本人最高位、最多出場記録更新中。雑誌/Webで連載コラム多数。CM等のドライビングディレクター、イベントを企画するなどクリエイティブ業務多数。クルマ好きの青春を綴った「ジェイズな奴ら」(ネコ・バプリッシング)、経済書「豊田章男の人間力」(学研パブリッシング)等を上梓。日本カー・オブ・ザ・イヤー選考委員。日本自動車ジャーナリスト協会会員。
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