野球盤で追い求める“本物” 「9コース投げ分け」進化の舞台裏
球を投げて、打つ--。
そんなシンプルな玩具が世代を超えて愛されている。エポック社の「野球盤」だ。2018年は誕生から60周年となる節目の年だった。
「子どものころはよく遊んだなあ」という記憶がある人もたくさんいるだろう。だが、大人になってからはあまり触れる機会がないかもしれない。野球盤は60年の歴史を経て、進化を続けている。15年の新モデルからは、ボードの上を転がすだけだった球が空中を飛ぶようになった。
18年6月に発売した新商品「野球盤3Dエース モンスターコントロール」では、投手が9コースに投げ分けたり、打者がバットを振る高さを変えたりすることが可能。球速と投球コースを瞬時に計測し、電光掲示板に表示する機能も搭載している。
「本物の野球にいかに近づけるか。それが大きな目標です」と話すのは、同社トイゲーム本部 ゲーム事業部 企画開発室の古田望さん。これまで12年間、野球盤に携わってきた。かつては想像できなかったような機能はどのように生まれたのか。進化の裏側について聞いた。
野球の“本質”から生まれた新機能
野球盤が歩んできた60年は、エポック社の歴史と重なる。1958年、創業者の前田竹虎氏が同社を設立し、野球盤を世に送り出した。初代の野球盤は月産2000台の大ヒット商品となり、その歴史が華々しく幕を開けた。
その後、プロ野球選手のイラストやアニメキャラクターが描かれた野球盤が登場。72年には人気漫画「巨人の星」をヒントに開発した“消える魔球”の機能も初めて搭載された。ドーム型、メジャーリーグ、変化球など、各時代のトレンド要素や新しい機能を追加しながら、新商品を出し続けているのだ。
古田さんは野球盤の企画から試作、設計、量産まで統括して担当。新商品を出し続けるために大切にしているポイントは一貫している。「野球の“本質”を考えていくと、新しい機能が見えてきます」
しかし、機能やデザインのアイデアがあっても、簡単に実装できるものばかりではない。古田さんはどのように“進化”を実現させてきたのか。
「9コース投げ分け」をどうやって実現したのか
18年に発売した「モンスターコントロール」は、古田さんにとって「一つの集大成」だという。その目玉となる新機能が「9コース投げ分け」だ。
球が空中を飛ぶ「3Dピッチング機能」を初めて搭載したのは、15年に発売した「3Dエース」。そこから、球が飛ぶ位置をさらに細かく調整できるように改良していくのは、本物の野球に近づける上で自然な流れだった。
そのアイデアをもとに試作品を作ってみたものの、当初は商品になる水準ではなかった。球を投げ分けるための装置が大きく、野球盤全体が高さ10~15センチほどの大掛かりなものになってしまったからだ。また、投げるまでの操作も複雑だった。そこでいったん開発が頓挫していた。
古田さんはその状態から再び開発に着手。約2年をかけて現在の形に行き着いた。設計をやり直し、一から仕組みを考え、試作を重ねたという。
従来の試作品は、球の発射口が縦横それぞれ3段階の可動範囲を持っており、それぞれ異なる発射位置から狙ったコースに球が飛ぶ仕組みだった。そうすると、どうしても装置が大きくなってしまう。また、投手が狙っているコースが、投げる前に打者側から見えてしまい、戦術を読み合う面白さが失われてしまう。投球操作に時間がかかることも欠点だった。
投球装置をもっとコンパクトにするために、古田さんが注目したのは「球が山なりになる角度をどう変えられるか」ということ。球が勢いよく飛び出せば、飛ぶ角度が大きくなり、高い位置で打者のところまで届く。反対に、ゆっくりと球が出れば、飛んだときの勢いはなく、打者まで届くときには地面すれすれの位置になる。「ボールの速度を調整するだけで、縦方向の軌道が変わり、高さをコントロールできることに気付きました」
ボールの速度を3段階から選び、内角・真ん中・外角の調整は投手の手元のレバーで行う。その組み合わせによって、発射口が1カ所だけでも、9コースの投げ分けができる。そんな仕組みを完成させた。
「手元で左右を調整できるので、『ストライクゾーンぎりぎり』とか『ボール』といった、際どいコースへも投げられます」。ちょっとずつ調整しながら投球を繰り返し、技術を磨いていく。そんな感覚に「共感してもらいたい」という。
きれいなホームランを打つための「バット」
古田さんはこれまでに数々の新機能を野球盤に実装してきたが、特に苦労したものの一つが、10年に発売したモデルから搭載している、新しい「バット」だ。
このバットは最新の野球盤にも使われている。金属製の棒の先端には、ゴム製のラバーキャップが付いている。わずか数センチの部品だが、「開発には1年半ぐらいかかった」という。
バットにこだわる理由は「きれいなホームランを打てるようにしたい」から。その思いは、古田さんが担当になる前からあった。しかし、新しいバットの開発もまた、途中で頓挫していた。「バットの先を平らにして、ボールをすくい上げるようにすれば、ホームランは打てる。それは分かっていたのですが、それではバットに見えません。だから開発は行き詰まっていました」。先輩からその課題を引き継いだ古田さんは、もう一度バットの開発に取り組んだ。
ヒントを求めて野球界の動向を注視していたところ、あるトレンドに目を付ける。それは、アマチュア向けに出回り始めていた、ハイブリッド構造のバット。木製や金属製といった1種類の材料で作られるバットではなく、カーボンなどの新しい素材も組み合わせて、よく球が飛ぶように作られたバットだ。
野球盤のバットもハイブリッドにしたら、うまくいくかもしれない。そう考えた古田さんは、平らにしたバットの先端に装着するカバーの開発を始める。どんなゴムをどのような形で取り付ければいいのか。卓球のラケットに使われるラバーを加工して試作したこともあった。
「ホームランを打てるバットは簡単にできました。でも、飛び具合がイマイチだったんです。目指すのは、きれいな放物線を描くスタンドイン。平らにする部分の角度などを何度も変えて試しました」
市販されているアクセサリーの手作りキットを使えば、簡単に金属を溶かして固めることができると知り、それを使って試作品を手作りした。実際の材料を使った試作品を発注する前に、大まかな形を決めておきたかったからだ。「アクセサリー用なので、5球ほど試し打ちをするとすぐ折れてしまうんです。だから何度も作って試して……の繰り返し。手の皮がむけるほど試し打ちをしました」と振り返る。
試行錯誤を経て完成したバットは、ゴムのラバーキャップをかぶせたことでボールにバックスピンがかかり、より高く、きれいに飛ばすことができるようになった。「みんなが憧れるものを形にするために、妥協はできませんでした」
「データ野球」も再現 戦略を練る面白さ
最新モデルには、球速と投球コースを瞬時に計測し、電光掲示板に表示する機能もある。ボールを押し出す軸の速度と位置をセンサーで読み取ることで、実際に飛んだボールのデータを得ているのだ。
試合終了後には、全ての配球を確認できる。試合を振り返って次に生かすことも可能だ。
「野球盤はシミュレーションゲームなんです。いかに本物の野球を感じてもらうか。機能が進化していっても、その原点を忘れないようにしたいと考えています」
データ野球の時代になり、野球盤にも「分析」の要素を取り入れた。ハイブリッドバットも、複数の材料で作られたバットが受け入れられるようになったからこそ開発できたものだ。形になっていないアイデアはまだたくさんある。時代に合わせて新しい話題を盛り込んでいく。
「まだまだ通過点です。3Dピッチング機能はこれが完成ではないし、バッターももっと本物に近づけることができる。ピッチャーとバッター以外の部分に焦点を当てることも考えられます。次は何を見たいか、という期待に応えて、3世代で遊んでもらえるものにしたいですね」
昔からあるものだからこそ、「野球盤でこんなことまでできるのか」という新鮮な驚きがある。その進化の裏側には、わずか数センチ、数ミリ単位を追求する姿勢があった。これからもその魅力が色あせることはないだろう。
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