【高論卓説】「春闘終焉」、交歓会での伏線 「討創」で自社型賃金決定に取り組むとき
毎年3月半ばに「春闘」の山場が予定されてきたが、今年は淡雪が消えるように「春闘」も実態のないものとなる。(ジャーナリスト・森一夫)
それで何か困ることが起きるのかといえば、恐らく何もないだろう。自社型の賃金決定に、個々の企業が真剣に取り組めばいいだけの話だ。
労働組合の中央組織である連合が7日に開いた新年交歓会で伏線のようなものを感じた。あいさつに立った神津里季生連合会長は、「春闘」についてほとんど語らなかった。代わりに3月6日を「36協定の日」に決め、周知に努めると力説した。
36協定は、労働基準法36条に基づいて労使で時間外労働について結ぶ協定である。意外に知らない企業があり、長時間労働防止のために徹底する意義はある。しかし例年であれば、新年交歓会の出席者の多数を占める労組関係者に向けて、賃上げについて奮起を促す発言をするところだ。
同じ日に開かれた経団連など経済3団体の新年祝賀会でも、来賓の安倍晋三首相は昨年みたいに経営者に「賃上げ」を迫る言い方をしなかった。「やってくれますよね」というようなソフトな言い回しにとどめた。
経団連は昨年まで、安倍首相の音頭に合わせて「賃上げに努力します」と、全面的に協力する姿勢を示していた。しかし新たに就任した中西宏明会長は、こうした「官製春闘」に批判的な姿勢である。
決定打は、賃上げ相場のリード役であるトヨタ自動車を含む自動車業界の労組で構成する自動車総連が10日、ベースアップについて統一要求額を決めない方針を決定したことだ。「ベア自体は要求するが、要求額は各労働組合がそれぞれの事情を踏まえて決める」(11日付産経新聞)という。代わって「絶対額」を重視するそうだ。
連合も「上げ幅だけでなく、絶対額にこだわる」(神津会長)と足並みをそろえている。大手と中小との賃金格差を埋めるには、あるべき絶対額で要求した方がよいという理屈だが、建前である。
昨年、トヨタ労使が妥結したベア額を非公表にするという問題が起きた。団結を乱す動きだが、トヨタ労使は今後も非公表を維持する構えである。トヨタの労組に配慮して、自動車総連や連合は「ベアより絶対額」に軸足を移したと見た方が、分かりやすい。
もちろん絶対額で大手も中小も同額を獲得できるのならよいが、そんな力が労組側にあれば、賃金格差はとうになくなっているはずである。予想される結果は、「春闘」の形を曲がりなりにも保ってきた「統一闘争」の空洞化である。旧総評の太田薫元議長が1975年に『春闘の終焉(しゅうえん)』と題する本を書いている。それがようやく現実のものになろうとしている。平成時代に年功賃金の改革が進み、成果主義や定年延長に伴う改定などの要素が強まり、企業間、個人間ともに横との比較が難しくなっている。
今や個人ごとの賃金を公正に決める自社型賃金体系をどう作るかの方が重要な課題である。最近は「闘争」という言葉もピンと来ない。ある産業別労組組織のトップは「討議の『討』と創るの『創』を合わせて『討創』でいいのでは」と言う。惰性を排し、賃金について中身の濃い議論をするときだ。
◇
【プロフィル】森一夫
もり・かずお ジャーナリスト 早大卒。1972年日本経済新聞社入社。産業部編集委員、論説副主幹、特別編集委員などを経て2013年退職。著書は『日本の経営』(日本経済新聞社)、『中村邦夫「幸之助神話」を壊した男』(同)など。
関連記事