【5時から作家塾】落書きが変身! 世界でひとつだけのぬいぐるみを作ってくれる工房に注文相次ぐ
みなさんは小さい頃に落書きをしたことはあるだろうか。ノートや画用紙、チラシの裏なんかに、いろんな絵を描いて遊んだ記憶は誰もが持っていると思う。
そんな落書きを「ぬいぐるみ」にしてくれる工房がある。兵庫県芦屋市にある「エソラワークス」という小さな工房だ。
エソラワークスでは、子どもの落書きを送れば、職人さんが立体化してくれる。1体ずつ手作りのため、製作できるのは月に100体程度。そのため1ヶ月から2ヶ月待ちの人気になっている。
芦屋市の閑静な住宅街にある工房におじゃまをした。住居の一室を使った工房に入ると、可愛らしいぬいぐるみが飾られ、棚にはカラフルな布地やボタン、装飾品が並んでいる。壁を見ると、お客さんからお礼のメールや手紙が貼られており、とても温かい雰囲気に包まれている。そんな第一印象を感じた。
この工房を開いたのは、白石哲一さん(44)。現在6名のスタッフがぬいぐるみ作りを担当。白石さんは、このぬいぐるみを「クリッチャ」(クリエイト+おもちゃという意味の造語)と呼んでいる。
「それぞれの注文に物語があって、作る側としても楽しい」
クリッチャ製作の流れはこうだ。まず、ホームページから落書きを送ると、スタッフが画像を見て見積りを作る。それを発注者に返送。OKが取れたら製作開始。
「まず、立体化したときのパターンを手描きします。落書きは前面だけですので、横はどうなっているのか、後ろはどうなのかと想像をふくらませます。そして絵に合った布地を選びます。イメージに合う布地やボタンがないと、新たに買い足すこともよくあります。簡単に作ろうと思えばできるのですが、やはりお子さんが喜んでもらえる面白いものにしたい。なので、どうしても時間がかかってしまうんです」と白石さんは笑顔で話す。
どんな注文があるのか尋ねてみると、両親や祖父母が子ども・孫のために贈るケースが多いという。我が子の落書きをぬいぐるみにして誕生日や記念日に贈るそうだ。
「小さなお子さんの落書きが多いのですが、中には大人になってから、幼い頃の落書きをぬいぐるみにして両親に贈りたい、という方もいらっしゃいます。また、ストーリー仕立ての注文もありますね。小学校の図工で作った粘土細工をぬいぐるみで残したいという方もいました。粘土は時間が経つと劣化してしまうので、ぬいぐるみにして保存したいのだそうです。それぞれのご注文に物語があって、作る側としても楽しいです」
原則として、エソラワークスでは10歳ぐらいまでの落書きを対象にしているが、詳細は相談の上とのこと。
周囲から「これを欲しがる人はいると思うよ」、門外漢からの出発
今のところ、落書きをぬいぐるみにするサービスは、日本でも唯一といっていい。
だが、どうしてこの仕事を始めたのだろうか。実は白石さん、元はまったく畑違いの仕事に携わっていた門外漢なのだ。
「出身は愛媛県。神戸の大学を卒業後、広告代理店に就職しました。小さい頃から絵は好きでしたが、モノづくりの経験はまったくありませんでした」
その後、一時家業の建設業を手伝った後、親戚の事業を手伝うため芦屋に引っ越してきた白石さん、ある出会いがきっかけになったという。
「ある日友人の家に行くと、可愛い刺繍が飾られていたんです。聞けば、子どもの顔をおばあちゃんが刺繍にしたそうです。それが実に良かったんです。それでふと、飾っておくだけじゃなく、ぬいぐるみにしたら面白いんじゃないかと思いつきました。ネットで調べてみると、落書きをぬいぐるみにするサービスは、日本では見つからなかったんです」
いけるかもしれない。そう感じた白石さんは、奥さんにミシンの使い方を教えてもらい、試作品を作ってみる。
「娘の落書きを元にぬいぐるみを作ってみました。ミシンなんて小学校の家庭科でさわって以来でしたが、作っているうちにだんだん面白くなってきたんです」
その後、友人の子が描いた絵も次々とぬいぐるみにしていく。周囲から「これを欲しがる人はいると思うよ」と言われるようになり、2013年、WEBサイトでクリッチャの販売を始めたのである。
「正直、儲かってはいません」と苦笑い…それでも続けられる理由
「評判が良かったので、売れると思っていたんですが、当初はまったく反応がなかったんです。考えてみれば、落書きをぬいぐるみにするなんて、今までどこにもなかったサービスなので、検索してたどり着く人がいないのも当然です」
その後、少しずつ口コミが広がり、メディアへの登場も増えて、注文が増えていく。軌道に乗った2015年、白石さんは、この事業一本で生計を立てていく決心をする。
現在までに製作したクリッチャは約1500体。昨年は、グッドデザインアワード2018に選ばれて、全国から注文が相次いでいる状態である。
「一つずつ手作りですので、時間もコストもかかります。正直、儲かってはいません」と苦笑する白石さん。
「でも、クリッチャをお届けすると、すごく喜んでもらえるんです。お礼の手紙やメールも多いです。これが続けてこられた理由かもしれません」
6年間、一度もクレームはなかったという。クリッチャがほつれたり、痛んだ場合は修理も行っている。
子どもの描いた絵を世界に一つだけの作品にしてくれるエソラワークス。子どもの笑顔を楽しみに、愛らしいぬいぐるみを作り続けている。(吉田由紀子/5時から作家塾(R))
《5時から作家塾(R)》 1999年1月、著者デビュー志願者を支援することを目的に、書籍プロデューサー、ライター、ISEZE_BOOKへの書評寄稿者などから成るグループとして発足。その後、現在の代表である吉田克己の独立・起業に伴い、2002年4月にNPO法人化。現在は、Webサイトのコーナー企画、コンテンツ提供、原稿執筆など、編集ディレクター&ライター集団として活動中。
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