【試乗スケッチ】デジタル社会を象徴する“バーチャルスーパーカー” BMWi8ロードスター

 
BMW「i8ロードスター」

 BMWのi8ロードスターに触れて走らせて意識したのは、デジタル社会の今を象徴する「バーチャルスーパーカー」というべき個性を秘めていることだった。新しいスーパースポーツの創造と、まんねりからの脱出が入り混じる。旧式からの潔い割り切りと開き直りで開発されたことが強く感じられたのだ。(レーシングドライバー/自動車評論家 木下隆之)

 というのは、その駆け抜ける姿を見れば誰もが世界最高のレーシングモデルを想像するほどアグレッジブなのに、これから紹介するスペックはことごとく印象を裏切るものだからだ。まるでバーチャルであるかのよう。それでいてたしかに現実である。

 1.5リッターターボ?

 エンジンはドライバーズシートの背後、つまりミッドシップに搭載される。そこまでは想像のとおり。だが、搭載するエンジンが1.5リッター直噴ターボだと聞けば、一瞬耳を疑うに違いない。しかもそのエンジンは直列3気筒1.5リッターターボ。そのキーワードだけを耳にしたら東南アジア仕様の大衆車と見紛うばかりのスペックなのだ。

 ただし、似非スーパーカーではまったくないのは、期待を裏切らない動力性能を秘めていることだ。動力はハイブリッドで武装。33Ahのリチウムイオンバッテリーを搭載し、143psの電気モーターと組み合わせている。エンジン単体の出力が231ps。システム出力は374psに達する。大衆車ではとうていあり得ない強力なパワーを秘めている。

 500psオーバーが当たり前のスーパースポーツの世界にあって、数値的には374psは非力ではあるものの、フルカーボンのボディは、重量増が避けられないオープン化を施しても1595kgに留めているから、非力だとはまったく思わない。モーターならではの初速の力強さは健在だから、カタログ表示の250km/hはけして誇張ではなく、現実的のような気がするのだ。

 エンジン音もバーチャル

 フル加速時のサウンドもバーチャルである。直列3気筒ハイブリッドが、その攻撃的スタイルに見合うサウンドを響かせるとは到底想像できないが、現実的にはV8が吠えたかのような獰猛な咆哮を奏でる。

 じつはこれにもカラクリがある。エンジンルームのサウンドをマイクで拾い、コクピットで鳴らしているのだ。雑味を消しつつ、心地よいサウンドに調律した上での増幅なのである。

 モードをスポーツにセットすれば、一段と激烈なパワーとサウンドが響き渡るという仕掛け。体を襲う加速Gも、鼓膜を刺激するサウンドも、ドライバーが任意に選択可能だ。まさにデジタルの得意技である。

 ここまで読み進めてくださった方の中には、まやかしのスーパーカーだとガッカリされた方もいらっしゃるかもしれない。だが、実際にドライブするとそんなネガティブな感覚は薄れてしまうから心配は無用だ。直列3気筒ユニットという気が萎えるユニットの存在も、むしろ重量級のV8だったらもっと鈍重なフットワークに成り下がってしまうかもしれないと思える。軽量エンジンならではのリズミカルなフットワークに納得する。

 たとえば、15秒で開閉するキャンバストップのルーフを開け放った時にさえトランクスペースを犠牲にしないのは、コンパクトなエンジンだからこそ得られたメリットなのかと歓迎したくなる。

 安易に否定できない

 そもそもギミックのサウンドも、いまではポピュラーな技法でもある。遮音材で包み込んだコクピットを音楽室に見立て、心地よいサウンドが響き渡るように音響技術を駆使する手法は珍しくはない。進軍ラッパのような馬のいななきや猛牛の遠吠えや、あるいは天使の咆哮はそうやって演出されている。そう考えると、i8の調律手法はあながち異端ではないように思える。ボーカロイドにさえ人は感動するのだから、安易に否定する気にはなれないのだ。

 BMWi8ロードスターは、「バーチャルスーパーカー」なのかもしれないとは思う。だが現実にそれは存在しているわけで、手を伸ばせばそこにある。むしろ、最先端技術を駆使した、極めて先を行くスーパーカーなのかもしれないのだ。

 【試乗スケッチ】は、レーシングドライバーで自動車評論家の木下隆之さんが、今話題の興味深いクルマを紹介する試乗コラムです。更新は原則隔週火曜日。アーカイブはこちらから。

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【プロフィール】木下隆之(きのした・たかゆき)

レーシングドライバー/自動車評論家
ブランドアドバイザー/ドライビングディレクター

東京都出身。明治学院大学卒業。出版社編集部勤務を経て独立。国内外のトップカテゴリーで優勝多数。スーパー耐久最多勝記録保持。ニュルブルクリンク24時間(ドイツ)日本人最高位、最多出場記録更新中。雑誌/Webで連載コラム多数。CM等のドライビングディレクター、イベントを企画するなどクリエイティブ業務多数。クルマ好きの青春を綴った「ジェイズな奴ら」(ネコ・バプリッシング)、経済書「豊田章男の人間力」(学研パブリッシング)等を上梓。日本カー・オブ・ザ・イヤー選考委員。日本自動車ジャーナリスト協会会員。