決済サービス乱立…そのキャッシュレス、本当にスマホやQRが必要ですか?
2018年以降、QRコード(バーコード)を用いたモバイル決済サービスが多数登場した。スタートアップから大手までプレーヤーの種類はさまざまだが、皆一様に「導入ハードルの低いQRコード方式でキャッシュレス対応店舗を増やす」ことを目標に掲げている。一方で、店舗にとっての導入ハードルの低さは「サービス提供者側にとっての参入ハードルの低さ」とイコールであり、それが決済サービスの乱立につながっている。(鈴木淳也,ITmedia)
サービス同士の競争は中国での「Alipay」や「WeChat Pay」におけるキャンペーン合戦や急速なインフラ整備にみられるように、ユーザーにメリットをもたらす一方、初期のサービス乱立状態やそれに伴う利用者の混乱を巻き起こす弊害がある。また、サービス乱立状態が長続きしないことも、中国で規制緩和直後のQRコード決済乱立による混乱が比較的早期に収束したことを考えれば明白だ。
移行期間特有の現象ではあるものの、このあたりのQRコード/バーコード決済(筆者はスマートフォン内のアプリを使って決済を行うサービスを総称して「アプリ決済」と呼んでいる)の最新状況を鑑みつつ、本当に利用者にメリットのあるユーザー体験とはどのようなものかを考えてみたい。
QRコード決済サービスの数は増えたけれど……
これまでは専用の決済端末やセンター接続のためのサービス契約など、参入ハードルの高かった決済サービスだが、コード決済によって参入障壁が下がり、過当競争に陥るというのは想像できたシナリオだ。既存事業者がこれを機会にビジネスの幅を広げたり、専業のスタートアップ企業が誕生したりと、このチャンスを逃すべからずとばかりにサービスが乱立する状態になった。「他がやっているから自分たちもやらないと……」という消極的な理由で参入する事業者も少なからずあるようだが、一番の不幸なのは大勢が判明するまでその乱立競争に付き合わされるユーザーや加盟店だ。
LINE Pay取締役COOの長福久弘氏によれば、2018年後半以降にLINE Payの認知度が向上し、店舗からの問い合わせが急増しているという。サービスの認知こそ上昇したものの、2019年時点で20近いサービスが乱立する状況で、ユーザーがどのサービスをよく利用し、実際に店舗がどの決済を導入するのかを選ぶのは非常に難しい。
AlipayやWeChat Payを含め、コンビニやドラッグストアでは既に6~7種類のアプリ決済サービスに対応しているところも少なくないが、中小の加盟店にとって個々のサービスを順次契約していくのは非常に面倒だ。「Airペイ」のように、LINE Pay、d払い、Alipay、WeChat Payの4つのサービスに一括契約を申し込めるタイプの決済サービスもあるが、数をそろえるのは大手でないと難しいだろう。
また、ユーザーが頻繁に利用するサービスが収束し、大勢が判明して乱立状態がある程度解消されるまで1~2年程度の期間しか要さないことも推察される。個々のサービスを契約しても、使わなければ利用料は取られないため、そのまま放置しておくという手もある。だが焦って数をそろえたところで売り上げが一気に増加するものでもないため、2019年10月1日以降の消費税増税や軽減税率導入を見据えつつ、情勢を見極めていくといいだろう。
こうした中、最近盛り上がりつつあるのが「統一QR」の取り組みだ。前述のように、サービスごとにQRコードやバーコードの表示方式が異なっている他、店舗側のオペレーションも「POSの画面上に大量に並んだボタンから買い物客が利用したい決済サービスを選ぶ」必要があったり、赤外線スキャナーの代わりにスマホやタブレット端末を利用している店舗では、いちいち端末をスタンドから取り外して利用者のスマホに表示されたQRコードを読み取る必要があったりと、現金よりもかえって時間がかかる場合もある。
キャッシュレスのメリットの1つといわれる会計のスムーズさが失われることは本末転倒だ。こうしたサービス乱立にまつわる不自由を少しでも解消すべく、経済産業省を中心に業界各社が参画するキャッシュレス推進協議会でコード決済の標準規格を策定している。これにより、決済に使うQRコードやバーコードのフォーマットが統一され、さらに認識番号の埋め込みにより店舗のレジ側でQRコードやバーコードさえ読めばどの決済サービスかを自動判断することが可能になり、買い物客にいちいちサービスの種類を聞いて画面に表示されたボタンを店員が押す必要もなくなる。
先日JCBが発表したコード決済スキーム「Smart Code」は、この統一QRの利用を想定しつつ、個々のサービスで必要な加盟店契約を一本化しようという試みの1つだ。発表同日にはメルペイがSmart Codeへの参画を発表した。今後Smart Codeに賛同するサービス事業者が増えれば、加盟店側でのサービス自動判別が可能になり、かつサービス契約も包括で行う形でJCBが代行する。
JCBはクレジットカードのアクワイアリング事業でJCB以外のカードブランドや電子マネーなども受け付けているが、これをコード決済に拡大したのがSmart Codeということになる。現在ではまだ経済産業省のいう統一QRの仕様にはなっていないが、2019年4月のローンチ以降、統一QR仕様が固まり次第、そちらに仕様を寄せていくという。
JCBは、Smart Codeの仕組み自体のアクワイアリング業務を他社にも開放していく方針があると説明する。また、統一QR登場を機に、楽天ペイとau PAYで採用するような後発組によるサービスの相互乗り入れも増えてくるとみられ、「サービスの数だけ加盟店契約がある」という負担は幾分か軽減されると予想している。
とはいえ、加盟店開拓で先行するLINE Payなどに対し、人海戦術でキャッチアップを進めるPayPayなどに比べ、今後2019年以降に参入する事業者が横にアライアンスを組んだところで、同じレベルで普及させるには、まだまだ時間がかかるだろう。LINE PayやPayPayなどの事業者も、先行者としてリードしているにもかかわらず、統一QRの仕組みを通じてインフラの相互開放をすぐに行うとは思えない。
タイミングの問題ではあるが、この1~2年が勝負と考えていればこそ、譲れない線はあるだろう。その意味で、Smart Codeのような仕組みがどこまで受け入れられるのかは難しい面もあるが、現在の乱立状況が今後何年も続くとも考えていない。
中国でAlipayやWeChatPayが普及した理由
先日、米ニューヨーク市で開催されていた全米小売協会(Naitonal Retail Federation:NRF)の年次イベント「NRF 2019 Retail’s Big Show」を取材したのだが、その中で面白い講演があった。講演の登壇者の1人、米Deloitteのリテール担当共同会長のRod Sides氏は普段は米国の小売店舗やオンラインリテールの最新事情を紹介しているのだが、今回のNRFではテーマを中国に絞り、いかに中国とそれ以外の国とで小売でのユーザー体験が異なるかを解説している。
中国でのAlipayやWeChatPayの爆発的普及は、インフラが未整備のところに規制緩和とスマホの普及時期が重なったことが大きかったといわれる。特に両社のし烈な競争がものの1~2年で中国全土の都市部を中心とした場所にインフラを整備する原動力となり、これが決定的なサービスとなった背景がある。
だがSides氏によれば、それだけではないという。中国ではもともと国土の広大さもあってオンライン通販事業が非常に強い勢力を持っており、このサービスをスマホを通じて利用するという仕組みが他のどの国よりも進んでいる。同氏によれば、こうした新興サービスを盛り上げて消費を押し上げているのはミレニアル(Millennial)と呼ばれる比較的若いデジタルネイティブ世代で、スマホ保有率やWeChat PayといったSNSサービスの利用率などで他国を圧倒しているという。
同氏が特に注目しているのがWeChat Payの仕組みで、WeChatアプリ(決済を含むサービス全体)に1日あたり1時間以上の時間を費やす層の割合だけで4分の3に達する。また、コミュニケーションから商品の発見、そして実際の購入まで、スマホアプリ上の体験が多くの国でサービスごとに分離しているのに対し、WeChatでは全ての体験が同一アプリ上で行え、シームレスに体験できる。
WeChatでは「ミニプログラム」と呼ばれる「アプリ内アプリ」のような仕組みがある。例えば店舗でのロイヤリティーカードや自販機の連携サービスなど、全て店頭で掲示されているQRコードをWeChatアプリで読ませることで自動的に当該のミニプログラムが呼び込まれ、WeChatを通じてより付加価値のあるサービスが利用できる。WeChatは単なるチャットアプリや決済アプリの枠を飛び越え、1日の生活の多くをWeChatアプリのみで過ごせるようになる。
結果として、スマホアプリ1つで多くのことをこなせるようになり、サービス事業者がモバイル市場を攻略するにあたって最初の壁となる「スマホアプリをユーザーにどう導入してもらうか」という課題を、ミニプログラムで簡単にクリアしている。
ユーザーがミニプログラムを通じてWeChatの機能を拡張していくことにためらいがなく、新しいサービスを次々と受け入れている。現在、中国では上海などで自動運営の(名目上の)無人店舗の実験が進められているが、これを利用するのもミニプログラム経由だ。
例えば、米国のレジなし店舗である「Amazon Go」を利用するには専用のアプリをダウンロードしてAmazon.comアカウントを追加する必要があるが、WeChatであれば店舗入り口にあるQRコードを読み取り、後は中国国内の電話番号を入れてSMS認証を行うだけですぐにサービスが利用できる。退店時に利用される会計情報はWeChat Payで自動処理されることになる。
スマートフォンなしの決済体験
中国の事例が示すように、モバイル決済は確かに快適だが、スマホが必ずしも必要とは限らない。例えばAmazon Goでは入店時にスマホとアプリの組み合わせが必要だが、一度2次元コードを読み込ませてゲートを通過すれば、後はスマホの電源を落としてカバンの中にしまっても構わない。店内にいる間はAmazon Goのバーチャルカートの内容を確認できないし、端末そのものは店内でのユーザー追跡には使われていないからだ。
そのため、例えば複製が容易ではないICカード(クレジットカードなど)にAmazon Goのアカウントをひも付けておけば、入店のゲート通過時にICカードをかざすだけでよく、商品内容が合っているかを後で確認する以外にスマホは不要だ。究極的には、顔認証などの生体情報だけで入退店を判断してもよく、ICカードを含むデバイスを一切持たずにAmazon Goのようなサービスが利用できるはずだ。
現状、中国で実験されているような自動運営店舗や自販機でも、全てスマホとQRコード(2次元コード)を使った入り口での認証が前提となっているが、これは前述のようにWeChatPayやAlipayを通じてアプリ導入の手間を省くための手段だからだ。
ローソンでは「スマホレジ(スマホペイから名称変更)」という仕組みを一部店舗で導入しており、買い物客は自身のスマホに導入したローソンアプリを通じて自分で会計を行い、レジに並ばずに退店できるが、この仕組みはもともと中国の上海店舗で先行導入されて実験されていたものだ。
ローソンの上海店舗の場合、店舗でQRコードを読むとWeChatのミニプログラムではなく、いきなりAPKが落ちてくる。恐らく、日本ではWeChatとAPKの両方式ともに導入するのは難しいだろう。あくまで日々の買い物をローソンで行うようなヘビーな利用者が、自身の利便性を向上させるためにローソンアプリを導入することに期待するしかない。
昨今のコード決済の乱立は、大量の単機能アプリ乱立と、分断された体験の断片化に等しいと考える。つまり、1つの決済手段のためだけに特定のアプリを導入し、しかもそれを場合に応じて使い分ける必要がある状況だ。
こうした「アプリ導入」のハードルの高さや使いにくさの面から、NRFで展示されていた自動運営店舗のデモの中にはスマホアプリの認証に代わり、クレジットカードを使った解錠や入場を行い、商品を取り出して退店した時点で自動的に認証に使ったカードで決済が行われる仕組みを採用しているものがあった。
他に、米サンフランシスコでStandard Cognitionというスタートアップ企業によって実験店舗が運営されている「Standard Market」では、当初はスマホアプリを利用して本人認証や追跡を行っていたものの、ICカードでの代替も可能にする仕組みを用意するなど、サービス利用のハードルを下げる工夫を進めている。
ここで言いたいのは、タイトルの「そのキャッシュレス、本当にスマホやQRが必要ですか?」だ。「Frictionless Experience(摩擦のない体験)」というキーワードがあるが、スーパーやコンビニでのレジ待ち行列にうんざりした人々がAmazon Goを体験して退店のスムーズさに驚くように、既存の問題を解決する手段としてテクノロジーを用いることが重要だ。
興味深いのは、中国におけるトレンドの本質はテクノロジーではなく、ユーザー体験にあるという点だ。例えば、ビジネスモデルとして非常に注目されているAlibaba Group直営スーパーの「盒馬鮮生」だが、前述NRFでは「Freshippo」の名称(「Fresh」+「Ship」+「Hippopotamus」を組み合わせた造語)で専用のブースを構え、サービスそのものではなく「ユーザー体験」や「システム」を販売するためにパートナーを探しているのだという。
一見すると無駄にも思えるようなエンターテインメント性やアイデアは、これまでは日本からどんどん飛び出していたのではないかと思う。だが現状でこうした余裕もなく、狭い市場で椅子取りゲームをしている様子は非常に残念ではある。
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