【成長への挑戦 熊谷組の120年】(5-3)安全・効率的な工事を実現
■新工法、装置、システム開発に邁進
無人化施工の確立
「いつか世の中のお為になるような仕事をさせていただきたい」
熊谷組が創業以来掲げてきた精神だ。工事の完遂にとどまらず、さらに安全化、効率化を高めるにはどうすべきか。熊谷組では創業以来一貫して新工法や関連装置、システムの開発に邁進(まいしん)してきた。自然災害の被害規模が拡大傾向にある昨今、同社の研究成果には大きな期待が寄せられている。
土木分野で多くの実績を持つ熊谷組が長年取り組んできたのが無人化施工の技術だ。国内での無人化施工は1960年代から始まり、当初は洪水や土砂崩れの現場に特殊な重機を持ち込み、安全な場所からオペレーターが目視で遠隔操作する形態がとられた。その後、映像を活用した操作、無線通信技術を駆使したシステムへと発展していく。
業界挙げて本格的に導入される契機となったのが、1994年から始まった長崎県雲仙普賢岳噴火に伴う水無川流域の復旧工事だ。建設省(現国土交通省)による試験フィールド制度で、水無川を埋め尽くした大量の土砂を除去する作業にゼネコン6社が参加、多くの建設機械メーカーなどが協力し、さまざまな方式の無人化施工技術が試行された。
熊谷組は同案件を皮切りにその後に発生した北海道有珠山噴火、岩手・宮城内陸地震の荒砥沢治山工事など20件以上の無人化施工を行ってきたという。そのうえで、同社は独自の無人化施工技術を確立していく。
従来のシステムは、用途別にさまざまな仕様の無線が採用されており、稼働までの調整作業が複雑だった。この課題に対し熊谷組では、オペレーターが建機を動かすための操縦用無線、映像用無線、他の情報伝送用無線の各通信仕様をデジタル化し、無線LANを活用して現場で容易に構築できるネットワーク対応型無人化施工システムを開発した。
熊本地震の崩落現場で活躍
同システムが本格採用されたのが2016年4月に発生した熊本地震による大規模土砂崩れの現場復旧だった。山腹から発生した土砂崩落は長さ350メートル、幅140メートルに及び、大量の土砂は阿蘇大橋を押し流した。いつ土砂崩れや落石が発生するかわからない現場。復旧工事を請け負った熊谷組は、多数の重機や運搬車を活用する無人化施工システムを導入。
オペレーターが詰める操作室と無線基地局を光ファイバーケーブルで結びつつ、無線基地局から無線中継車までの数100メートルを25ギガヘルツの無線LAN、遠隔操作式建機までを5ギガヘルツ無線LANを使用することで、超長距離でもタイムラグの少ない遠隔操作が実現したという。この技術の取り組みが評価され、同社の技術者が第7回ものづくり日本大賞内閣総理大臣賞を受賞している。
同社ではさらに一歩進んだ無人化技術に突き進む。大規模災害の復旧現場では、施工領域が立ち入り禁止となり、容易に測量ができない場合が少なくない。このため、建設機械の各種センサーと全球測位衛星システム(GNSS)の情報を組み合わせて活用する作業位置情報取得システムとCAD(コンピューター支援設計)で作成した3Dモデルを組み合わせて施工管理を行う情報化施工システムを改良。従来の測量に劣らない現場データを取得することで、より確実・安全な無人化システムでの施工・管理を可能にしている。
完全自動化への布石
これらの技術を発展させる形で、2018年1月には作業現場で土砂などを運ぶ不整地運搬車(クローラキャリア)を自動走行させる技術を開発した。操作室から遠隔で行うオペレーターの運転操作をコンピューターに記憶させ、自動走行させる仕組み。決まったコースでの土砂運搬の作業は、災害復旧現場では最も多い作業だが、単調ゆえにオペレーターの疲労蓄積や集中力の低下を招き、思わぬ重大事故が発生することもある。二次災害を防止する自動化技術で、復旧を迅速に行えるようになるという。
同年4月には拡張型高機能遠隔操作室も開発。従来型では災害現場で遠隔操作室を設置するのに最低でも5~10日必要だった。新しい遠隔操作室はモニターなどの機材を設置したまま10トントラックで搬送可能で、最高で3棟まで連結して使用することができるという。ハイビジョンによる高精細映像の表示、ネットワーク構築なども簡略化し、設置期間を1~3日に短縮できる。一刻も早い復旧を望む現地の期待に応える技術といえるだろう。
こうした土木技術を実際の災害復旧に迅速に活用するため、同社は2018年11月、協力会社からなる熊栄協力会の土木系専門工事会社17社と協力し、災害時の応急復旧対応チーム「KUMA-DECS(クマデックス)」を結成した。DECSはDisaster(災害)、Emergency(緊急)、Construction work(建設作業)、Support(救援・支援)の頭文字をとったものだ。
同組織は、災害発生直後に迅速な機動が求められる建設重機や無人化施工オペレーターなどの保有会社17社(発足時)で構成され、担当地域別に東日本ブロック(7社)、中日本ブロック(5社)、西日本ブロック(5社)でチーム編成される。発災時には、あらかじめ定めたリーダー会社が中心となり、国や自治体・インフラの施設管理者などからの出動要請を受けた熊谷組と連携し、資機材の手配や会社間の調整など、応急復旧工事への対応体制の立ち上げを迅速に進めるという。平時においては、無人化施工オペレーターの養成を行い、熟練オペレーターの技能を次世代へ継承するとともに技能保有者の増員を図る予定だ。
シールドマシンの新展開
熊谷組は創業以来、トンネル施工で多くの難工事を成功させてきた。業界内では「トンネルの熊谷」との呼び声も高い。そうした中、同社が挑んだのが多くを人力に頼る山岳トンネル掘削の完全機械化だった。都市部で活用されているシールド工法は完全に機械化された工法だが、岩盤や高水圧下などで使用に制限が多かった。同社では2002年に地盤条件が過酷な大深度地下に対応したトンネル工法「KM21TM」を確立。今回、それをさらに進化させ、「新KM21TM」と命名した。
同工法では掘削機本体で地盤改良や水抜きを行いながら掘削。掘削断面は無駄がなく合理的な馬てい形とした。掘削と並行して一時支保構造を早期に実現するため、地山のゆがみを最小化できる。充填(じゅうてん)式コンクリートよりも施工性がよく安価な吹き付けコンクリートを使用することで、短工期、コスト圧縮など実用性を高めることができたという。今後は鉄道トンネルや道路トンネルへの適用を増やしていきたい考えだ。
同社は2017年、JIMテクノロジー(川崎市)と共同でシールドマシンのカッタービットの交換技術「サンライズビット工法」を開発した。長距離の掘進や複雑な地盤、硬い巨礫地盤でのシールド工法では、カッタービットを交換する必要が生じる。そのために作業員がシールドマシン前面に回り交換する必要があり、危険も伴ううえ作業効率も低下する問題があった。
今回、両社は複数のビットが仕込まれた部分を回転させ、ビット交換を自動的に行うシステムを開発。シールドマシンに搭載することでビット交換作業を大幅に省力化した。これにより10キロメートル程度の超長距離掘進や土砂地盤から岩盤までの複合地盤、大深度、高水圧で地盤改良ができない条件でもシールド工法を適用できるようにした。トンネル掘削の工期短縮、コスト削減の切り札となりそうだ。
他社連携技術が宇宙へ
熊谷組、住友林業、光洋機械産業、加藤製作所で進めている林業機械システムの自動化研究は、急峻(きゅうしゅん)な山林と麓の間に仮設のワイヤロープを張り、切り出した木材を安全につるして集積所に運搬する「架線集材」を無人で運用するのが目標。この研究に注目したのが宇宙航空研究開発機構(JAXA)。将来的に月面での施設建設で活用する狙いがあり、今年1月末、4社はJAXAと共同研究契約を締結した。熊谷組では「林業と宇宙探査に共通する課題解決に取り組みたい」と意気込んでいる。
多様化する開発領域
熊谷組の開発力は、既存の工事領域にとどまらない。2017年9月に開発したのが自立歩行支援器「フローラ・テンダー」。電動モーターやばねによる介助で、足の不自由な高齢者や障害者の立ち座りを補助し、転倒なども防止する。在宅での自立生活支援を念頭に開発を着手したが、まずは介護者のいる環境での使用を先行させる。現在、市場投入に向け各種試験を続行中。「立って歩いて座る」という一連の動作は重要な歩行訓練だけに、介助者に気兼ねなくリハビリに取り組めるフローラ・テンダーの早期実用化を望む声は多いようだ。
CSRで世の中に貢献
熊谷組では国内外で各種の社会貢献活動に尽力している。とくに海外現場の周辺地域で校舎建設を行う社会貢献活動を「KUMAGAI STAR PROJECT」と名付け、認定NPO法人ブリッジエーシアジャパン(BAJ)と共同で展開している。2016年2月には、ミャンマーのタウングー市のティラン小中学校の校舎を建設した。2018年5月には第2弾としてヤンゴン近郊でもテピュチャウン小中学校の校舎が完成した。2018年1月には校庭の壁に子供たちと絵を描くウォールアートイベントを開催した。
日本国内では、本社に隣接する新宿区立津久戸小学校と環境学習に取り組んだ。熊谷組の社員が先生となり「もったいない!」をテーマに各児童にマイエコバッグを作成するなどの体験学習を行ったという。今後も地域に根差した活動として地道に取り組んでいく考えだ。
関連記事