【高論卓説】職場という新しい環境で必要なこと まず「自分にとっての仕事」の意味付けを

 
舟木彩乃氏

 春は、新入社員を迎える準備で忙しい時期である。しかし、多くの企業は新入社員に期待を寄せる一方で、「すぐに辞めてしまうのでは」という危惧も抱いていることだろう。厚生労働省によると、大学新卒の3年以内離職率が31.8%(2015年)に上るのだから当然である。

 「石の上にも三年」ということわざがあるが、何年間か忍耐して勤めれば必ず道が開ける、というものでもない。今の時代それよりも大事なことは、自分の心に耳を傾けることではないか。

 社会人のカウンセリングをしていて感じるのだが、退職を考える人は共通して「働く意味」が見いだせなくなっている。働く意味を持つことができれば、今の会社であろうと転職しようと、道を開くことができる。仕事に時間やエネルギーを投入する明確な「意味」を持てれば、困難な出来事に対しても意味づけができ、浮き沈みのある職業人生に整合性を持たせること、いわば「つじつま合わせ」ができるのである。

 このつじつま合わせにたけている人は「首尾一貫感覚」が高い。首尾一貫感覚というのは、米医療社会学者のアーロン・アントノフスキー博士(1923~94年)が提唱した概念である。ナチスドイツの強制収容所から生還しながら、更年期に至っても心身ともに良好な健康状態を維持していたユダヤ人女性たちが持っていたのが、この首尾一貫感覚である。

 「首尾一貫感覚」は3つの感覚からなっている。1つ目は「把握可能感」。これは、「だいたい分かった」として、自分の置かれている状況や今後の展開を把握できる感覚のことだ。次に、「処理可能感」。「何とかなる」と、自分に降りかかるストレスや困難に資源(相談できる人やお金、権力、地位、知力など)を使って対処できる感覚。そして、「有意味感」。「どんなことにも意味がある」と、自分の人生に起こることには意味があるとする感覚のことだ。

 この3つの感覚は互いに補完し合っている。把握可能感があって現在や将来を把握していれば、困難なことにも対処できるという処理可能感が持てる。処理可能感の根拠となる人脈やお金などの資源を活用することで、把握可能感を高めることもできる。

 しかし、仕事がつらくてもう辞めたいという大きな壁に直面したときは、他の2つの感覚ではなく、今の試練も乗り越える価値があると思える有意味感が必要になる。

 経験が浅い社会人は把握可能感や処理可能感が低い場合も多く、上司や先輩がフォローすることで乗り越えられることがある。しかし、仕事に有意味感を持てず悩んでいるのであれば、入社時に持っていた思いや今、この壁を乗り越えることの意味をひたすら掘り下げていくべきである。今の仕事に意味を見いだせないのであれば、何であれば意味を見いだせるかを考え、ポジティブに退職や転職を視野に入れることも選択肢となる。

 自分にとっての仕事の意味付けができていれば、どんな選択をしてもつじつま合わせができ、良質な職業人生を歩むことができる。

 長年カウンセリングに携わってきた者として、今春入社する方が仕事に行き詰まったとき、有意味感を意識してもらえればと願ってやまない。

【プロフィル】舟木彩乃

 ふなき・あやの ストレス・マネジメント研究者。メンタルシンクタンク副社長。筑波大大学院ヒューマン・ケア科学専攻(博士課程)に在籍中。著書に『「首尾一貫感覚」で心を強くする』(小学館)がある。千葉県出身。