【試乗スケッチ】車格を上げた新型「Z4」は迷走してきたBMWロードスターの“結論”だ

 
新型BMW「Z4」とレーシングドライバーの木下隆之さん

 新型BMW「Z4」が誕生した。先代モデルに比較して75mmもワイドになり、前後に85mmも長くなった。車格がひとまわり大きくなった。印象の違いはあきらか。威風堂々としたロードスターとなったのである。

 「待ち焦がれていたよ」

 「いいのか、大きくなって」

 「走りは俊敏なのか?」

 迫力を増してデビューした新型Z4へは、様々な期待と不安が飛び交っている。

 BMWが誇るロードスターの歴史は長い。クーペモデルのルーフを切り取ることでオープンとした派生モデルではなく、単体でのオープンモデルとして、BMWは長い歴史を紡いできた。

 1989年にデビューしたZ1

 BMWのオープン専用車ロードスター発祥は、1989年にデビューしたZ1に遡るだろう。スタイリッシュな2ドアモデルであり、特徴的なのは左右のドアが横に開くのではなく、ドアの下部に収納されるタイプだったことだ。まるで床下に飲み込まれたかのような斬新な仕掛けが話題になった。

 だがそれは、わずか8000台しか生産されなかった。強烈な印象を残したとはいえ、商業的に成功したとは言えない。

 ちなみに、オープンカーの呼称は、形態や産地によって様々で、カブリオレやコンバーチブル、ロードスターなど呼び名は異なる。BMWはロードスターとしている。Z1の「Z」はドイツ語で未来を意味する。

 Z1の後を追うように1995年にデビューしたのがZ3である。絶大なる人気を誇った。Z1がプレミアムロードスターとして堂々たる体躯を誇り、特殊なスライドドアに象徴されるように日常の足というよりも、BMWロードスター誕生の狼煙のような性格だったのに対してZ3は、コンパクトなボディをまとっていた。価格的に抑えられたことで一般に浸透した。街中に赤いZ3が溢れかえったあの日をいまでも思い出す。

 迷走してきたロードスター

 2000年にはZ8をリリース。一転して車格は大きくなり、価格も引き上げられた。Z3の後継モデルではなく、Z3の兄貴分的な存在。007のジェームズ・ボンドが過激なカーチェイスを演じた。プレミアム度を高めてデビューしたのだ。しかし、販売はわずか5703台で、2003年に生産を終了している。

 そしてそのBMWロードスターの流れはZ4に受け継がれた。先代Z4のデビューは2002年。1万1000台以上を販売したが、2008年に一旦終了してしまった。そう、BMWのロードスターの歴史は、車格を大小様々に、こう言って良ければ迷走しながらの、成功と失敗の繰り返しの歴史なのだ。そんないま、数年間のブランクを経て復活した新型Z4への期待は大きい。

 最新モデルのZ4は、冒頭に紹介したように、車格を増して誕生した。それはBMWのロードスターの結論のような気がする。いまBMWが声高に叫ぶオープンエアモータリングの基本形なのだ。

 走りは驚くほどスポーティーだったことを報告しておこう。搭載する直列6気筒3リッターツインターボエンジンは、トップエンドまで刺激的に吹け上がる。コーナリング特性は切れ味の鋭いタイプだ。俊敏にワインディングを駆け回る。それでいて、穏やかにドライブしている時には従順でしつけもいい。攻撃性と優しさが頃合いよく同居しているのだ。

 太陽の光を浴び、爽やかな風を襟首に感じながらのオープンエアモータリングが心地いい季節になった。それをめがけてBMWはZ4を投入してきた。しばらく目が離せない。

 【試乗スケッチ】は、レーシングドライバーで自動車評論家の木下隆之さんが、今話題の興味深いクルマを紹介する試乗コラムです。更新は原則隔週火曜日。アーカイブはこちらから。

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【プロフィール】木下隆之(きのした・たかゆき)

レーシングドライバー/自動車評論家
ブランドアドバイザー/ドライビングディレクター

東京都出身。明治学院大学卒業。出版社編集部勤務を経て独立。国内外のトップカテゴリーで優勝多数。スーパー耐久最多勝記録保持。ニュルブルクリンク24時間(ドイツ)日本人最高位、最多出場記録更新中。雑誌/Webで連載コラム多数。CM等のドライビングディレクター、イベントを企画するなどクリエイティブ業務多数。クルマ好きの青春を綴った「ジェイズな奴ら」(ネコ・バプリッシング)、経済書「豊田章男の人間力」(学研パブリッシング)等を上梓。日本カー・オブ・ザ・イヤー選考委員。日本自動車ジャーナリスト協会会員。