スチュワート投手との契約が起こした波紋 懸念される日米“野球”摩擦
米大リーグ(MLB)のドラフト会議が先ごろ行われた。日本のドラフト会議はシーズン終了後に行われるので不思議な気もするが、米国の学校の大半が6月に学年末を迎えることから、この時期に開かれている。そのドラフト会議開催に合わせたかのように、福岡ソフトバンクホークスが昨年のMLBドラフト会議でアトランタ・ブレーブスから1巡目指名を受けたカーター・スチュワート投手と契約、入団発表した。(産経新聞客員論説委員・佐野慎輔)
裏には辣腕の代理人
ブレーブスとは身体検査で手首の故障があるとして契約金を下げられて合意に至らず、イースタン・フロリダ州短大に進学した同投手は今年のドラフトでも有力候補に挙がっていた。スポーツ専門局ESPNによると、ソフトバンクは6年契約で総額700万ドル(約7億6000万円)以上という破格の条件を出したとされる。
MLBの球団と契約しても、恐らく6年間で700万ドルは稼げまい。その意味では、スチュワート投手にとってソフトバンク入りはいい選択である。代理人を務めたスコット・ボラス氏のほくそ笑む姿が目に浮かぶ。
ボラス氏といえば松坂大輔投手(当時・西武、現・中日)の代理人を務め、ボストン・レッドソックスとの間で6年契約5200万ドルの大型契約を結んだことで日本でも有名になった。現在もJ・D・マルチネス(ダイヤモンドバックス)やカルロス・ゴンザレス(ロッキーズ)などの有名選手の代理人として辣腕(らつわん)を振るい、フィリーズのブライス・ハーパー外野手の2013年、3億3000万ドルの大型契約を勝ち取った。
これまでもドラフト会議の際、「日本行き」をちらつかせてMLBの球団に揺さぶりをかけるなど常に嵐を巻き起こしてきたが、今度のスチュワート投手をめぐる戦略は新たな火種となりかねない。
一つはこれが先例となって新人選手の契約金が高騰しかねないという懸念である。MLBでは1965年からドラフト制度を導入、契約金の高騰を抑え、戦力の均衡化を図ってきた。
しかし、代理人の登場によって前シーズンの下位球団から有力選手を指名していく完全ウエーバー制にほころびが出始め、資金力のある有力球団に優位に働いているのが実情だ。さらに今回のボラス戦略は、契約金総額に上限を設けてきた制度に穴をあけることにもなりかねない。
スチュワート投手の今後にもよるが、彼が選手として成功すれば、米国のドラフト候補選手に「日本経由」という新たな道が開かれよう。MLBでは指名された選手はマイナー契約を結び、メジャー昇格後も年俸調停の権利が得られる3年目までは年俸を低く抑えている。しかし、日本の球団に高額契約で入団、その後、ポスティング・システムを利用してMLB入りすれば大型契約を結ぶことも可能となる。
日米野球摩擦を懸念
目下、アマチュア選手獲得にあたって国際的な取り決めはなく、MLBは自由競争の立場をとっている。日本では新日本石油ENEOSの田沢純一投手がMLB挑戦を表明した際、日本球界はドラフト対象者が指名を拒否し海外でプレーした場合は、日本球団とは一定期間(高校生3年、大学・社会人2年)契約できないという「田沢ルール」を策定した。今回のことでMLBが態度を硬化、「抜け道」を許さない新たなルールづくりを行う可能性も否定できない。
スチュワート投手にはソフトバンクの卓越した育成力の下、ぜひ立派なプロ選手に育ってもらいたい。いや、球団の責務として育ててほしい。彼の今後に注目するとともに、一方で新たな日米野球摩擦を生みかねない事態を注視していきたい。
◇
【プロフィル】佐野慎輔
さの・しんすけ 1954年生まれ。富山県高岡市出身。早大卒。産経新聞運動部長やシドニー支局長、サンケイスポーツ代表、産経新聞特別記者兼論説委員などを経て2019年4月に退社。笹川スポーツ財団理事・上席特別研究員、日本オリンピックアカデミー理事、早大非常勤講師などを務める。著書に『嘉納治五郎』『金栗四三』『中村裕』『田端政治』『オリンピック略史』など多数。