なんでいま? 「タピオカドリンク」が再ブームになっている背景
最近、街で若者たちが黒いツブツブの沈んだドリンクを手に持ち、極太ストローでシュポシュポと吸い込む姿をよく見かけないだろうか。昨年あたりから「ブーム」になっている「黒タピオカドリンク」である。
発祥の地、台湾から人気店が上陸して店舗数を増やしていることに加えて、日本オリジナルのタピオカ専門店も増えて長蛇の列ができいるというのだ。この勢いを受けて、ミスタードーナツやタリーズといった全国チェーンでも、季節限定ながら黒タピオカを用いたドリンクの販売をスタートさせている。
と耳にすると、「ずいぶん前にも同じような話を聞いたな」とデジャブに襲われる方も多いかもしれない。その感覚は極めて正常で、実はメディアが「黒タピオカドリンクがブームになってます!」と騒ぐのはこれまでもたびたびあった。古くは2000年ごろにまでさかのぼる。
『台湾で人気の「ジュンズナイ茶」が日本の街角にも登場した。冷たいミルクティーに沈んだ黒タピオカを極太ストローでズルズル。カエルの卵のような不気味さと、モチモチした食感が奇妙にウケた』(日経流通新聞 2000年12月26日)
ブームの要因
次に騒がれたのは08年ごろで、「以前のブームを知らない女子高生」(日経MJ 2008年6月2日)の間でブレイクした。そして、そのリバイバルブームも知らない若者たちを中心に今回の「第3次ブーム」が起きている。オリンピックよりもちょい長めだが、8~9年周期で若者の関心が高まっているのだ。
そこで気になるのは、なぜ20年くらい前から日本社会でそれなりに普及してきた「定番ドリンク」が、ここにきて再び大ブレイクを果たしたのかということだ。
もちろん、味や食感は進化しているが、2000年代の黒タピオカドリンクと令和時代の黒タピオカドリンクにそこまで劇的な違いはない。では、今回のブームの原動力になった要因とは何か。
経済メディアや専門家の方たちによると、世界各国で展開する人気チェーンが上陸して国内で店舗数を増やしてきたからだという。発祥の店とされる台湾の「春水堂」が13年に上陸して以降、順調に店舗を拡大させていることに加えて、3000店舗以上を展開する世界最大のチェーン店「CoCo都可」も17年に渋谷センター街で日本1号店をオープンさせたことで、じわじわと普及してきたというのだ。
また、例の特徴的なビジュアルが、若者の「インスタ映え」にビタッとハマったから、とかトレンドに敏感なシャレオツ女子の間に「台湾スイーツ」がキテいるから、という分析もある。
大きなポイントが2つ
どれもみな大いに納得できるが、個人的にはあと2つ大きなポイントがあると思っている。それは「台湾人気」と「参入障壁の低さ」だ。
ご存じの方も多いかもしれないが、黒タピオカドリンク発祥の地である台湾は近年、日本人の海外旅行先として不動の人気を誇っている。
一般社団法人日本旅行業協会が、旅行会社を対象に調査をした「人気旅行先ランキング」では、台湾は年末年始の旅行先で4年連続1位、GWの旅行先では5年連続で1位に輝いている。夏休みの旅行先でも、ハワイとトップを争うのが近年の傾向となっている。
この「台湾人気」はデータも裏付けている。台湾観光協会によると、2018年(1~12月)に日本から台湾を訪れた訪台日本人旅行者数は前年比3.7%増の196万9151人と、過去最多に達したというのだ。
これはつまり、台湾で本場の黒タピオカドリンクを楽しんだ日本人も過去最多になったということだ。現地に行った方は分かると思うが、台湾では有名店に限らず、街のいたるところで黒タピオカドリンクが売られており、日本人観光客も滞在中に必ず飲む「ド定番グルメ」だからだ。
という話をすると、「確かに、日本人観光客が黒タピオカドリンクをたくさん飲んだかもしれないが、それが日本国内のブームをつくったというのは強引だ」という意見があるかもしれないが、両者に密接な因果関係があることは、台湾と並ぶ日本人大好き観光地の「ド定番グルメ」が証明している。
お分かりだろう、「パンケーキ」だ。
ここ数年、好循環が繰り返された
おじさんたちからすれば「ホットケーキと何が違うの?」と首をかしげるあのスイーツが、日本社会でなぜここまで人気を博して、市民権を得たのかというと、ホノルルで日本人観光客が長蛇の列で並ぶことで知られる人気カフェ「Eggs 'n Things(エッグスシングス)」が上陸したからだ。
2010年、海外初進出店である原宿店ができた時は、連日のように長蛇の列ができて、経済ニュースに取り上げられるほどの大きな話題となった。その後、この人気にあやかって、日本国内でもさまざまなカフェでパンケーキを出すようになり、お笑い芸人が「パンケーキ、食べたい」なんてネタにするまで社会に普及したのである。エッグスシングスも今や東北、関東、東海、関西で21店舗を展開している。
ご存じのように、ハワイは、日本人が年間150万人も訪れる人気旅行先だ。米国本土から以外で最も観光客が多いのが日本である。
そんなハワイで、多くの日本人が食す「ド定番グルメ」がパンケーキだ。その中でも人気が、エッグスシングスのホイップクリームがてんこ盛のパンケーキで、ワイキキビーチに近いサラトガ店では日本人が長蛇の列をなしている。
これはつまり、年間150万人もの日本人が「パンケーキ」のとりこになって帰国しているということでもある。日本国内におけるパンケーキブームのきっかけは、確かにエッグスシングス上陸であったかもしれないが、既にその何年も前から、「ブームの芽」はハワイの地でつくられていたというわけだ。
実はこの構造は、黒タピオカドリンクもまったく同じである。
先ほども申し上げたように、台湾に行った日本人はほぼ間違いなく黒タピオカドリンクを飲む。そういう人たちがSNSで黒タピオカドリンクの画像や映像を拡散する。帰国した後には、家族や友人に「おいしかった」と宣伝する。
そういう好循環がこの数年繰り返されてきたことで、20年前から存在していた黒タピオカドリンクの価値が改めて見直され、店舗数の増加につながった。そこに加えて、ブームに拍車をかけたのが、「参入障壁の低さ」である。
黒タピオカ専門店、普及の「追い風」
黒タピオカドリンク専門店の長蛇の列に並んだことのある方はなんとなく思い当たるだろうが、実はこれらの店は人気のパンケーキ店やクレープ店、さらにはスタバの高級旗艦店「スターバックス リザーブ ロースタリー 東京」なんかに並ぶよりもはるかに「回転」が早い。
パンケーキやクレープのように注文を受けてから1枚1枚焼くわけでもないし、高級スタバのように特別な資格を持つバリスタが1杯1杯丁寧にコーヒーをいれるわけでもないからだ。極端な話、つくってあるドリンクを注いで、そこに黒タピオカを投入するだけででき上がりなので、より多くの客により早く提供できるのだ。
こういう強みが黒タピオカ専門店の普及の「追い風」になっていることは言うまでもないだろう。
特別な機材も不要だし、スタッフにも特殊な技術を教えなくてもいい。タピオカという原料の品質さえ担保できれば、独自のノウハウがなくてもおいしいドリンクができる。つくる人間の「腕」で味が大きく左右されるわけではないので、事業者側からすれば、参入のハードルが低いのだ。
そんなことを言うと、「タピオカ専門店をバカにしている! 謝罪しろ!」と怒りがこみ上げてくる方も多いかもしれないが、タピオカドリンクが「入れるだけ」で誰でも簡単につくれるものだということは、タピオカの輸入業者や生産者が言っていることだ。
実際、タピオカを扱う通販業者のWebサイトなどで販売しているタピオカは、レンジで1分か熱湯3分でモチモチにできるそうで、文化祭や学園祭の模擬店でも大人気だとうたっている。
模擬店をやる学生でも簡単につくれるドリンクだからこそ、台湾でも街のいたるところで屋台ができている。日本中で次から次へとタピオカドリンク専門店が現れているのは、これが理由だ。
つまり、過去最高の「台湾人気」に加えて、このような「誰でもできる」という強みが、現在の黒タピオカドリンク人気の土台になっているのだ。
今回の黒タピオカブームという現象を見てつくづく思うのは、「観光」とは、実は最強の「文化輸入」であるということだ。
黒タピオカブームから学ぶこと
日本では、「ブーム」は国内のトレンドや市場環境が生み出していると捉えがちだが、黒タピオカブームやパンケーキブームからも分かるように、「海外旅行での消費動向」が大きな影響を与えている。
これはつまり、日本を訪れる外国人観光客の消費動向も、彼らが祖国へ戻ってからの「日本ブーム」につながる可能性もあるということだ。
しかし、残念ながら日本ではそういう考え方は一般的ではない。「ブーム」というものは、仕掛けるもの、ゴリゴリに押し付けて知らしめるもの、という思い込みが強いのだ。
それを象徴するのが、日本製の食品や電化製品などを外国人に持たせて祖国へ里帰りをさせ、「見たか! これがメイド・イン・ジャパンの底力だ!」とか一方的に自慢するようなテレビ番組だ。
「クールジャパン」が壮絶にスベったことからも分かるように、自画自賛の「文化輸出」は決して成功しない。単なる民族主義の押し売りになってしまうからだ。
そういう傲慢(ごうまん)な考え方は捨てて、黒タピオカやパンケーキという文化輸出の成功例に学んで、1人でも多くの外国人観光客に日本に来てもらえるような施策に力を入れたほうがいいのではないか。
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