高論卓説

過熱する採用市場 売り手有利で陥る自己の過大評価

 企業の人材採用に対する悩みは深刻だ。募集しても思うように人材は集まらず、費用や労力の負担が大きい。人工知能(AI)や「RPA(ロボティック・プロセス・オートメーション)」などのデジタル技術を活用し、限定された要員で業務を行う取り組みは進められている。だが、事業や業務の方向性を決めて計画を立てるのは人であり、重要な意思決定を全てITに任せることはできない。

 新卒・中途を問わず人材を紹介・斡旋(あっせん)する企業は以前よりも増えた。活用するのは募集する側の企業だけでない。求職者にとっても就業や転職の機会が開かれてきた。ネットを使い今よりも好条件だと思われる職場を検索することができる。

 企業にとっては、優秀な人材が辞めないよう、つなぎとめることも重要な課題だ。社員を「生かしたいスキルがあるのに、今の職場では生かせない」「給与が見合わない」などの状態のまま放置すると、離職されるリスクが高まる。「辞めます」と言われてから引きとめても手遅れ。企業には、これまで以上に「職場を魅力的にする」努力が問われる。

 日本企業は、同じ職場で長い時間過ごす中で人間関係を築くことが多い。だが、デジタルの発達により、人間同士のリアルなコミュニケーションは希薄になる傾向にある。特に世代間のギャップは深刻だ。

 この過熱した環境では、若手社員が勘違いすることにも危機感を抱く。

 十分なスキルや経験を身につけていなくても、転職によってそれなりの処遇を手に入れることができてしまう。新しい職場に入っても、気に入らなければ次の転職の準備に入る。その職場で身につけるべき知識や経験を得ていないにもかかわらず、だ。

 雇い入れた企業とすると、せっかく来てもらった人材に辞めてもらっては困るので、「甘やかした」対応になる。スキルや成長意欲が不足していても厳しく指導はしない。転職者は、「自分は大事にされている、なぜなら自分には能力があるからだ」と勘違いしてしまう。

 そういう人間が転職を繰り返すと、どうなるのか。経験や知識が十分ではないのに、それなりの処遇を要求する「プライドの高い」人材が出来上がる。社内での軋轢(あつれき)も生まれる。長年勤めてきた「スキルと経験を持った」従業員にとってみると、「スキルがなくプライドの高い人」をなぜ高い給与で雇用するのか、といった思いを抱く。会社に貢献してきた社員が失望して辞めていく構図になりかねない。

 会社の発展段階では、人材を刷新することも必要になるだろう。事業が拡大すると、それまでとは異なるスキルや経験を持つ要員が必要になる。採用は人事戦略であり、経営戦略そのものだ。どういった人材を採用して処遇するかについては、全社員が注目して見ている。

 転職を考える社員側も、将来どのようなキャリアを描くのか、を考える必要がある。「20代、30代の経験が重要」と説く先人は多い。スキルが身につく職場を用意しなかった企業側にも責任はあるだろう。だが、スキルがないまま転職を重ねた若者が、年を重ねたときにどうなるのだろうか。未来の責任は自分自身にある。

 重要なのは「どのポジションにいるのか」ではなく、「何を成し遂げてきたのか」だ。過熱した労働市場に踊らされないようにキャリアプランを考えていただきたい。

【プロフィル】小塚裕史

 こづか・ひろし ビジネス・コンサルタント。京大大学院工学科修了。野村総合研究所、マッキンゼー・アンド・カンパニー、ベイカレント・コンサルティングなどを経て、2019年1月にデジタル・コネクトを設立し、代表取締役に就任。主な著書に『デジタル・トランスフォーメーションの実際』(日経BP社)。兵庫県出身。