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「二段階認証うんぬん」発言から読み取れる、セブンの危機的状況

 おしゃまな5歳女児、チコちゃんから素朴な疑問を投げかけられ、答えに窮すると「ボーっと生きてんじゃねーよ!」と怒られる、というNHKの雑学バラエティ『チコちゃんに叱られる!』が大人気だが、同番組を彷彿(ほうふつ)させるようなシーンが先日、日本を代表する超一流企業グループの会見で起きてしまった。(窪田順生,ITmedia)

 サービス開始直後から約900人が不正アクセスされて、5500万円もの被害が生じた、セブン&アイ・ホールディングスのスマホ決済「7pay(セブンペイ)」。その謝罪会見に登壇した株式会社7payの小林強社長が記者から、ユーザー登録時に二段階認証をしているサービスがほとんどなのに、なぜ7payではやっていないのかと素朴な質問を投げかけられたところ、「二段階認証……」と言葉に詰まってしまったのである。

 その後、慌てて、「7payはセブン-イレブンアプリと連携しているので、二段階うんぬんと同じ土俵に比べられるのか、私自身は認識しておりません」と苦しい答えをひねり出したが、チコちゃんなら間違いなく、「ボーっと生きてんじゃねーよ!」とキレているレベルだ。実際、ネット上ではかなり怒りの声が散見される。

 と聞くと、「経営者がそんな技術の細かいところまで知っている必要はない」とか「セキュリティ担当者が引き取って説明していればこんな大騒ぎになっていなかったのでは」と感じる方も多いことだろう。

 筆者自身も謝罪会見トレーニングの講師をかれこれ10年以上務めており、受講者にはいつもそのような「回答の分担」を推奨してきたので、言わんとすることは非常によく分かる。

 一方で、今回のケースはそのように「会見の対応がまずかった」で片付けられるような話ではない気している。

 考えられる3つのパターン

 あの「二段階うんぬん」発言からは、現在のセブン&アイ・ホールディングスという組織を蝕んでいる致命的かつ構造的な問題が垣間見えてしまうからだ。それは、「想像力の欠如」である。

 通常、今回のようなケースでは、会見を催す前に記者からどんな質問が飛んでくるのかと予想して、経営者らが語るに適切な回答を準備する。いわゆる、想定Q&Aだ。

 不正アクセスならば当然、質問はセキュリティに集中する。ということは、他サービスではデフォルトになっている「二段階認証」に関するQ&Aは必要不可欠である。しかし、小林社長はあのリアクションだった。ということは、考えられるのは以下の3つの可能性である。

(1)そもそもQ&Aを用意していなかった

(2)Q&Aは用意されていたが、そこに「二段階認証」に関する回答がなかった

(3)Q&Aに「二段階認証」に関する回答はあったが、小林社長が見落としていた

 どのパターンだったとしても、「想像力の欠如」が招いていることがお分りだろうか。

 (1)だとすれば、スマホ決済という、不正アクセスのリスクが常につきまとうサービスを始める事業者としては、あまりにもお気楽すぎる。(2)も同様で、Q&Aを作成する広報や経営企画などの人々が、「世間が何を知りたがっているのか」ということまでイマジネーションを働かせていないということだ。(3)の場合、一見するとヒューマンエラーのように錯覚をするかもしれないが、小林社長の「失言」よりも、そのミスを周囲がフォローしなかったことのほうが問題で、やはりこれも個人の問題ではなく、「組織」として危機意識が乏しいと言わざるをえない。

 つまり、どこに転んでも「想像力の欠如」という問題が鮮やかに浮かび上がるのだ。

 社会や顧客を無視するパターン

 個人的には、これは非常にマズい事態だと思っている。実は「想像力の欠如」というのはここ最近、セブン-イレブン周りで顕著にあらわれてきていて、それがいよいよ誤魔化しきれないほど重症化してきたという見方もできるからだ。

 この「病」を象徴するのが「24時間営業問題」の対応だ。ご存じのように本件は、バイト不足から24時間営業ができないと音を上げたFCオーナーに、セブンのFC本部がコワモテ対応をしたことが、世間の批判を浴びたことに端を発している。

 当初、セブンは「24時間営業継続」を譲らなかったが世論に押される形で、時短営業の実証実験をすると発表。しかし、新社長となった永松文彦氏が就任会見で「(売り上げなどが)かなり厳しくなるというのがある程度読めているので、それを明確にするためにテスト(直営店での実験)をやっている」(ダイヤモンドオンライン 2019年4月5日)と口走るなど、「今のご時世、疲弊するFCオーナーに24時間営業をゴリ押ししても社会の理解は得られない」という視点がゴソッと抜けてしまっているのだ。

 筆者の経験上、このように想像力が欠如した組織というのは往々にして、ドミノ倒しのように不祥事が続発する。というわけで2月の段階で、僭越(せんえつ)ながら『ダイヤモンド・オンライン』の連載で以下のように「警告」をさせていただいたのだ。

 『「24時間営業」も「ドミナント戦略」も、フランチャイズ本部からすれば、データに裏打ちされた戦略なのだろう。しかし、人口減少が急速に進む中で現場の疲弊に耳を貸さず、盲信的にこれまでの戦略をつき進むというのは、戦局が悪化しているにも関わらず、その現実から目を背けて、「員数合わせ」で特攻を命じていた日本軍の大本営と何も変わらない。いくら王者・セブン-イレブンといえども、現場を無視した経営では、いずれ必ずしっぺ返しを食らう』(2019年2月21日)

 「員数合わせ」とは、とにかく数字の帳尻さえ合えば問題なしという考え方のことであり、かの評論家・山本七平氏が、旧日本軍の崩壊した要因としたことで知られている。

 「員数合わせ」の思想

 話が長くなるので省くが、問題のある企業には、多かれ少なかれ「員数合わせ」がある。「チャレンジ」の名目で利益をかさ上げする。品質データをちょこっとイジる。統計データを捏造(ねつぞう)する、納期に間に合わせるために手抜き工事をしてしまう。これらの不正の根っこをたどると、「とにかく数字の帳尻を合わせなくては」という組織人特有の心理が働くパターンがあるのだ。

 「数を合わせる」ことがとにかく最優先事項になるので、モラルやコンプライアンスはどこかへスコーンと飛んでいく。組織内のルールや秩序がすべての世界になってしまうので、顧客や社会がどう感じるのかなどどうでもよくなっていく。これが「想像力の欠如」である。

 つまり、24時間営業問題に端を発する一連のセブンのお粗末な対応は、無謀な作戦で拡大路線をつき進み自滅した旧日本軍と同様に、組織全体が「員数合わせ」に蝕まれている可能性があるのだ。

 「24時間営業死守」なんてのも典型的な「員数合わせ」だが、今回の7payも同様だ。既に多くの専門家が指摘しているが、消費増税やファミPay開始のスケジュールに合わせるために未熟なセキュリティになったのでは? という話もあるし、オムニ7と連携させるために既存会員の利便性を優先したのではという指摘もある。

 いずれにせよ、根っこにあるのは「内部の理論」--つまりは、組織外の人間や社会からどう思われようとも知ったこっちゃない、という「員数合わせ」が引き起こす「想像力の欠如」が見て取れるのだ。

 では、なぜセブンほどの一流企業がそのような「病」に陥ってしまうのか。あくまで筆者の個人的な考えだが、背景には「24時間営業」と「ドミナント戦略」という、ここまでセブンの根幹をなす戦略の影響ではないかと思っている。

 店を開ければ開けるほど利益が上がる。地域に集中的に出店すればするほど店舗の売り上げも上がる、というのは、人口が右肩上がりで増える社会ならではの発想である。裏を返せば、労働者も消費者も右肩上がりで増えていくことが大前提の戦略である。

 しかし、ご存じのように、日本は既に人口減少社会に転じている。総務省の統計では、2017年から18年の間に約40万人が減少した。これがどういう減り具合なのかというと、岐阜市で暮らす人々が急に忽然(こつぜん)と姿を消した、とイメージしてもらえば分かりやすい。

 人口増社会型ビジネスモデルをあきらめる

 これだけ膨大な数の人が消えていく国なのに、コンビニの店舗も売り上げも右肩上がりで増えている。セブン-イレブンのWebサイトによれば、17年度で2万店を突破して、18年度には2万876店舗となっている。数百メートルおきに同じ店がポコポコとオープンしているのだ。

 人口減少社会で、人口増社会型ビジネスモデルがうまくいくわけがない。「員数合わせ」で売り上げは好調に見せても、その無理は必ずどこかで生じる。

 空き家が山ほどあふれているのに、「アパート経営はもうかります!」という口説き文句で、アパートを建てる企業で相次いで不正やパワハラなどの問題が発覚しているのが、その証左である。

 7月7日の日刊工業新聞のインタビューで、ファミリーマートの澤田貴司社長が「今、本部が一番ばかになり、ぼけている」と述べていた。コンビニ改革が待ったなしの状況であるにもかかわらず、FC本部が「現場ズレ」していると危機感をあらわにしているのだ。

 ファミマがそうなら、「王者」であるセブンの「ボケ」もかなり進行していると考えるべきだ。「二段階認証うんぬん」発言は、その兆候だと考えれば妙にしっくりくる。

 今のままではさらに手痛いしっぺ返しを食らいかねない。消費者から「ボーっと生きてんじゃねーよ!」と叱られる前に、ぜひともセブンには、人口増社会型ビジネスモデルをあらためていただきたい。