高齢者の免許返納で注目、電動車椅子 普及への課題は
高齢ドライバーの運転免許返納後の移動手段の一つとして電動車椅子に注目が集まっている。5月には、大阪府内で15店舗を展開する自動車ディーラーの「大阪マツダ販売」(大阪市)が、自動車からの買い替え需要を見込んで店頭販売を始めた。75歳以上の高齢者の免許返納率は5%程度だが、返納は増加傾向にある。高齢者が安心して電動車椅子を利用できるよう、メーカーや販売店は知恵を絞っている。(林佳代子)
「親へのプレゼント」
6月下旬、大阪マツダの店頭には、マツダの小型オープンカー「ロードスター」と隣り合う形で電動車椅子が展示されていた。電動車椅子ベンチャーの「WHILL(ウィル)」(横浜市)が製造する「モデルC」(希望小売価格45万円)だ。
大阪マツダは6月に創業100周年を迎えた老舗だが、カーシェアリングの拡大や高齢者の免許返納などを背景に国内で自動車販売の減少が懸念される中、「車を手放したお客さまとのつながりを維持できる商品はないか」(左近克美・執行役員)と検討。コンパクトで小回りが利き、多少の坂道や段差も問題なく乗り越えられる「モデルC」に目をつけた。
5月から3店舗で取り扱いを始めると、4月に東京・池袋で高齢ドライバーが12人を死傷させた事故の直後ということもあり、70~90代の親を持つ世代から問い合わせが相次いだ。すでに50人以上が試乗し、「免許を返納した両親にプレゼントしたい」とする購入予定者も複数いるという。7月以降、取り扱い店舗を10店舗に増やす計画だ。
市場は一気に拡大
電動車椅子には、「モデルC」のようなレバーで操作する「ジョイスティック形」以外に、シニアカーと呼ばれる「ハンドル形」もある。これらを合わせた電動車椅子の市場は近年、拡大を続けている。
電動車いす安全普及協会によると、平成30年の出荷台数は2万4772台となり、直近5年間で5千台以上増えた。高齢ドライバーによる事故が社会問題になっただけでなく、29年3月施行の改正道交法で75歳以上の免許更新の際の認知機能検査が厳格化されたことで、需要が一気に押し上げられた可能性がある。
このため、将来のさらなる需要増を見越して開発や製造に力を入れるメーカーは多く、国内ではWHILL以外にもスズキやヤマハ発動機などが商品を展開。個人向けの販売にとどまらず、福祉施設や病院と貸与契約を結ぶなどして販路の開拓を進めている。
普及には課題も
警察庁によると、30年に運転免許を自主返納したのは約42万人(75歳以上は約29万人)で、2年連続で40万人を超えた。一方で、電車やバスなどの公共交通機関が発達していない地域では高齢者の「生活の足」をいかに確保するかが課題になっている。
国土交通省が27年に全国約4万4千世帯から回答を得た「全国都市交通特性調査」では、75歳以上で自動車を保有しない人の外出率が50%を切る結果が出た。免許返納後に満足に外出できない高齢者が多数に上ることが推察される。
電動車椅子は、数キロ程度の距離を移動する街乗りであれば、自動車に代わる交通手段になり得る。
WHILLの池田朋宏・執行役員本部長は「高齢者の中には、電動車椅子を使うことに心理的な抵抗を感じる人がまだ多い。誰もが乗りたくなるデザインを浸透させ、次世代の乗り物として楽しく利用してもらえる商品展開をしなければならない」と話す。
大阪マツダの左近執行役員は「電動車椅子を普及するには、販売店などが購入しやすい料金プランを作ることも重要だ」と指摘。今後、自動車を手放す際の下取り価格を電動車椅子の購入代金の一部に充てられるような仕組み作りを進めていく考えだ。
◇
電動車椅子 最高速度が時速6キロ以内のため、道交法上は歩行者扱いとなり、歩道を走ることができる。車検は義務づけられておらず、運転免許も不要。一般的に3~5年ごとにバッテリーを交換する必要がある。WHILLの「モデルC」の場合、家庭用電源で約5時間のフル充電で最大約16キロを走行することが可能だが、荷物の重さや路面状況で距離は変化する。