高論卓説

実用に適し“金融包摂”への道近く 史上画期的な仮想通貨「リブラ」

 2カ月前、米フェイスブック(FB)は2020年に独自の仮想通貨「リブラ」をスタートさせると発表した。同社はリブラを扱うために新会社「カリブラ」を設立、同様にマスターカードや米ビザ、米ペイパルなどの決済大手、米ウーバー・テクノロジーズ、スウェーデンのスポティファイなど数十社のメンバーとともに、仮想通貨リブラを監督する独立組織「リブラ・アソシエーション」をスイスに設立した。(板谷敏彦)

 今後も希望する企業は条件をクリアすれば参加することが可能である。新通貨リブラはFBの専有物ではなく、同社はリブラを扱う参加企業の一つとして行動するというのである。

 リブラのミッションは「数十億人の人に単純な通貨と金融インフラを提供することである」と明記してある。こうした状況を世界銀行の定義では「金融包摂」と呼ぶ。

 世界を見渡せば17億人の人間が既存の金融システムの外側に置かれている。言い換えれば銀行口座も開設できないでいる。海外へ出稼ぎに出て本国に送金しようにも、口座がないためにその送金手数料は平均で約7%も取られてしまうのが現実なのだ。

 しかし、そのうち10億人の人間は銀行口座がなくともスマートフォンを持ち、5億人はインターネットを利用できる環境にある。であるならば、「お金も情報なのだからメッセージのように送金できるはずだ」というのがFBの創始者、ザッカーバーグ氏の頭の中にはあるのだろう。テクノロジーの発達はたかが送金に7%ものコストを要求しない。リブラのユーザーはスマホで極めて低額なコストで本国の家族にお金を送ることができるようになる。もちろん、対象者は途上国だけではない。米国内でも格差拡大で銀行口座すら開けない貧困層は数多いのだ。

 リブラもブロックチェーン技術によって取引記録の透明性と公共性は担保される。しかしビットコインなどの仮想通貨との根本的な違いは、リブラには米ドルなど主要通貨の銀行預金や短期国債などを組み込んだ通貨バスケットの裏付けが存在するということだ。このためリブラは価値変動が少なく実用に適した通貨ということになる。

 さて、理念も技術もこれほど良いことずくめのリブラなのに、FBはリブラ発表の後、議会と中央銀行とそしてメディアの非難と懸念の嵐に包まれてしまった。最近も個人データ流出事件を起こしたFBはプライバシー保護について信頼に足るか。巨大プラットフォーマーであるFBに寡占による弊害の懸念はないか。マネーロンダリングが横行するのではないか。不安定な国の通貨は駆逐されてしまうのではないか。新しい通貨は各国の金融の安定性について脅威となるのではないか。

 これら確かな指摘も多いが、実はどれも現在の通貨システムにも当てはまることばかりである。また、リブラはテクノロジーで既存の金融業務の一部を大胆に省略化できる。その他にも非効率につけこんだ既得権益者には脅威となるだろう。

 先進7カ国(G7)中央銀行の作業部会は10月にリブラに対する所見の最終報告を出すことになっている。当面はさまざまな規制処置などに時間を取られ、リブラは予定通りに開始することは難しそうだ。リブラ登場の発表に刺激されて各国中央銀行も貨幣のデジタル化を加速している。いずれ水は高いところから低い場所へと流れる。リブラの基本的な理念と基盤となるテクノロジーが間違っていない以上、リブラの登場は金融史上の一つの大きな画期となるだろう。

【プロフィル】板谷敏彦

 いたや・としひこ 作家。関西学院大経卒。内外大手証券会社を経て日本版ヘッジファンドを創設。兵庫県出身。著書は『日露戦争、資金調達の戦い』(新潮社)『日本人のための第一次世界大戦史』(毎日新聞出版)など。