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ホテルの部屋にフライトシミュレーター “機長”になれる企画が面白い

 「頭を下げて、下げて。いいですよ、その調子、その調子」――。ホテルの一室で、このような言葉が飛び交うところがある。羽田空港第2ターミナルに直結する「羽田エクセルホテル東急」だ。

 7月18日、客室にフライトシミュレーターを設置したところ、どんなことになったのか。あっという前にネット上で話題になり、「オレも飛行機を飛ばしたい」「ワタシも操縦したい」という人が殺到することに。導入初日から9月30日までの予約ベースでの投資回収率は、すでに22.2%(8月1日)。「3年以内に100%を超えればいいなあと考えていましたが、このままのペースでいけば1年以内に目標を達成することができる」(同ホテル)とのこと。ホテルにフラリと立ち寄って、「ちょっと操縦してみるか」という気分になっても、予約が入っていることが多く“離陸できない”状況が続いているのだ。

 同ホテルは2004年12月に開業。地上7階建てで、客室は386室ある。今回新設した「スーペリアコックピットルーム」は31平米のツインルームに、ボーイング737-800型機(以下、737)のフライトシミュレーターを設置した。操縦体験ができるプラン(90分で3万円、税別、以下同)と、宿泊のみのプラン(1室2万5300円~)を用意していて、体験プランでは航空会社で働いていた元機長がインストラクターとして教えてくれるので、「I have(私が操縦桿を握ります)」「You have(はい、あなたが握るんですね)」といった会話を楽しみながら“機長”気分で操縦できるのだ。

 それにしても、なぜホテルの一室を改装して、コックピットを設置したのか。また、フライトシミュレーターを使ってどんな楽しみ方ができるのか。羽田エクセルホテル東急で総支配人を務める貴崎清孝さんに話を聞いた。聞き手は、ITmedia ビジネスオンラインの土肥義則。

 客室にコックピットを設置した理由

 土肥: 4階の4227号室にやって来ました! ここはツインの部屋なのでベッドが2つあるわけですが、もともとはトリプルだったそうで。ここまで言うと勘のスルドイ読者はお分かりだと思いますが、ベッドを1つ「よっこらしょ」と言って取り除き、「どっこいしょ」と言ってフライトシミュレーターを設置したそうですね。

 羽田エクセルホテル東急は第2ターミナルに直結していることもあって、いたるところで空港や飛行機を感じることができますよね。エントランスには飛行機の模型を置いていたり、レストランにはコックピットから見える映像を流していたり、飛行機の形をしたシュークリームを提供していたり。このほかにも客室によっては滑走路を見ることできるので、これもでもかこれでもかといった感じで、空の世界を味わうことができのに、今度は部屋にコックピットを設置しました。しかもゲームやオモチャではなくて、なぜパイロットが訓練で実際に使うものと同等のフライトシミュレーターを導入したのでしょうか?

 貴崎: 羽田エクセルホテル東急は12月に開業15周年を迎えるので、何か面白いことはできないか。2020年に第2ターミナルが一部国際線化するので、訪日外国人向けにホテルの認知度をアップすることはできないか。この2つのことを考えていて、「客室にコックピットを設置するのはどうか」といったアイデアが浮かびました。……と、このように言っても、「なぜそこに、本格的なフライトシミュレーターを置いたの?」と思われたかもしれません。実は、個人的に飛行機がものすごく好きなんですよね(笑)。

 休日、ワタシは羽田空港に足を運んで、飛行機をのんびり見ていることが多い。国際線ターミナルにも行きますし、第一ターミナルにも行く。それでも、「第2ターミナルがいいなあ」と感じていたんですよね。なぜ第2ターミナルが好きなのか理由がよく分からなかったのですが、ある写真家がこのように言っていました。「第2ターミナルは東京湾が見えて、房総半島を眺めることができる。晴れていれば太陽が反射する。この光景をバックに、飛行機がどんどん飛んでいくので、美しい」と。

 この言葉を聞いたとき、「なるほど。だから自分も好きなのか」と納得して、いつかは自分もこのホテルで働くことができればなあと漠然と考えていました。当時、溜池山王にあるホテルで働いていて、「もし自分が羽田のホテルで働くことになったら、客室にフライトシミュレーターを設置するのになあ」と夢のようなことを考えていました。

 そんな日々を送っていたら、辞令が出て、羽田で働くことに。2018年春に着任して、ホテルの数字を見ていると、外国人の宿泊率が低いことが気になりました。溜池山王のホテルでは70%ほどだったので、羽田でも「外国人に50%ほど利用されているのだろうなあ」と思っていたら、20%を切っていたのでびっくりしました。どのようにすれば外国人の利用率を高めることができるのか。いろいろとアイデアを絞った結果、「客室にフライトシミュレーターをつくるべきではないか。そうすれば話題になって、外国人も来てくれるのではないか」という考えにたどり着きました。

 客室でも需要があるのでは

 土肥: ホテルの部屋を見ると、ユニークなところがありますよね。例えば、実際に国際線で使われていたファーストクラスのシート設置している。その部屋は滑走路側に面しているので、シートに座りながら飛行機を見ることができますよね。ただ、残念ながらフライトシミュレーターを設置している部屋は中庭に面しているので、飛行機を見ることができない。空港直結のホテルに泊まっているのに、飛行機を見ることができない。見えるのはお花だけとなれば、ちょっと残念な気持ちになるお客さんもいるはず。そうした不満を解消するために、フライトシミュレーターを設置したのでしょうか?

 貴崎: それもあるのですが、気になるデータがあったんです。羽田空港に関係する数字を見ると、飛行機を利用していない人たちが年1300万人ほど訪れている。たくさんの人が来て、食事をしたり、土産物を買ったりしている。ということは、ホテルに宿泊するだけでなく、そこで何かを体験したいというニーズもあるのではないかと考えました。

 知り合いのパイロットに話を聞いたところ、滑走路にアプローチライトが輝いているところを離発着するのは「とても気持ちがいい。パイロット冥利につきる」といった声がありました。離発着時、機種によってはそのシーンをモニターに映し出していますよね。その映像を見ていると、「あ、飛んだ」とか「無事着陸したなあ」と感じるわけですが、その映像をじっと見ている人たちもいますよね。後日、その映像を楽しむために、カメラで撮影したり、動画を撮ったりする人もいる。そうした人たちを見ていて、「フライトシミュレーターを体験したい人は多いのではないか」「客室でも需要があるのではないか」と考えました。

 冒頭で、「個人的に飛行機がものすごく好きなんです」という話をしましたが、ワタシはフライトシミュレーターを体験できる店舗に足を運んでいるんですよね(笑)。そこで厳しい指導を受けながら、できればいつかは飛行機の免許を取得したいと考えています。あっ、また個人的な話になってしまいましたが、いろいろ調べた結果、需要は絶対にあるはず。「離陸だー!」と考え、導入に向けて、話を進めていきました。

 いろんな楽しみ方ができる

 土肥: コックピットルームの中に入って、計器類やボタンなどを見てびっくりしました。「本物そっくり!」と思っていたら、パイロットの訓練で実際に使われるモノと同じだそうで。細部に渡ってこだわっているわけですが、気になることがひとつ。「オレは羽田-香港のルートを飛びたいなあ」「いやいや、ワタシはホノルルあたりを旋回したいよ」といった感じで、それぞれの要望を受け入れてくれるのでしょうか?

 貴崎: はい、問題ございません。「羽田-香港」「成田-ホノルル」といったルートでも、パイロットになった気分で風景を楽しむことができます。このサービスを始める前、操縦体験は90分なので、「羽田-伊丹」がオススメかなあと思っていました。エンジンはどのようにして始動するのか、トーイングカーで引っ張ってもらうときにはどんな感じなのか、滑走路を走行するときには何をすればいいのか、飛び立つときにはどんな風景なのか、どのタイミングで車輪を格納すればいいのか、どんなときに疲れるのか、オートパイロットってどんな感じなのか(まだまだ話は続きましたが、ここらへんで終了)。こうしたことを楽しむには、「羽田-伊丹」の飛行は1時間くらいなので、ちょうどいいのかなあと思っていました。

 土肥: 実際、「羽田-伊丹」ルートを飛行する人は少ない?

 貴崎: そのルートに興味をもっている人は少なくて、「夜景がきれいな空港に行きたい」「離陸と着陸を繰り返し行いたい」といった声が多いですね。

 土肥: その気持ちは分かります。「羽田-伊丹」ルートで60分も飛ぶとなると、変化があまりなくて退屈しそうな。

 貴崎: そんなことないですよ! そこに面白さがあるんです! はっ、ちょっとマニアの意見でした(汗)。フライトシミュレーターで使われているソフトウェアも訓練と同じモノを使用しているので、細かな設定ができるんですよね。「〇〇空港の10マイル手前から」と場所を指定できたり、「横風は〇〇メートルで」と気象条件を設定できたり、「〇時〇分で」と時間を決めることもできるんですよね。

 ボーイング737-800型機が大好き

 土肥: フライトシミュレーターは737を導入しているわけですが、それはなぜ?

 貴崎: ベタな言い方をすると、ワタシが大好だから。なぜ好きなのかというと、初めてフライトシミュレーターを操縦したとき、その飛行機が737だったから。その後、他の飛行機も経験したのですが、やっぱり737がいいんですよねえ。内装も美しいですし。

 クルマを購入するとき、「外装のデザインがカッコイイから」といった理由で選ぶ人がいますよね。その一方で、「内装がいいから」という人もいる。ワタシの場合、完全に後者なんです。コックピットのデザインがカッコよくて、美しくて。だから、これを選びました。

 土肥: そーいえば、ホテルのロビーにも737の模型を置いていますよね。これも総支配人の好みで?

 貴崎: いえいえいえ、それはたまたまでして。

 広報: 全くの偶然です。

 土肥: そんなに全力で否定しなくても、737への愛は十分に伝わりました。そろそろこのインタビューも“着陸”したいと思います。ありがとうございました。

 (終わり)