プロジェクト最前線

精神論はもう古い IoTで野球技術磨く KDDIとアクロディア

 全国の野球愛好家たちに朗報だ。精神論や経験論が幅を利かせているスポーツ選手の育成において、特別な設備や指導者がいない環境でも、データを軸にした練習やけがの予防ができるサービスが登場した。

アクロディアの伊藤剛志シニアマネージャー(中央)とKDDIの繁田光平ビジネス統括部長(右)と石田剛士マネージャー
テクニカルピッチの完成品(右上)。球状の芯にセンサーが組み込んである
データと投球映像を合わせて表示させ、フォームチェックなどに活用できる(アクロディア提供)

 ボールにセンサー内蔵

 IT企業のアクロディア(東京)とKDDI(au)は、センサーを内蔵したボールから速度や回転数などのデータを取得し、選手の技術向上を支援するモノのインターネット(IoT)のプラットフォームサービス「athle:tech(アスリーテック)」を7月から開始した。

 アクロディアが2017年12月から販売しているセンサー内蔵硬式球「Technical Pitch(テクニカルピッチ)」と連動。計測データをクラウド上に蓄積し、全国ランキングを表示する。テクニカルピッチの購入者は無料で利用できる。

 テクニカルピッチは中核部に3軸加速度センサー、3軸磁気センサー、3軸角速度センサーを内蔵し、Bluetooth通信機能でスマートフォンにデータを送信する。回転数や回転軸などのデータを蓄積し、データに基づく最適なトレーニングや体調管理につなげる。

 計測データは、表やグラフで統計的に可視化され、スマホやパソコンなどで閲覧できる。計測データの全国ランキングや、元プロ選手によるアドバイスなどの情報を提供。人工知能(AI)によるけがや体調不調の予兆検知などで、選手の技術向上を手助けする。

 スマホのカメラを起動して映像を撮影することもでき、データと投球フォーム映像も簡単に比較できる。今後はKDDIの技術を活用し、骨格の動きを検出して映像に合わせて表示するなどの機能を拡充し、選手がより直感的に自分の動きを把握しやすいようにする。第5世代(5G)移動通信システムの実用化でより高精細な映像を通信できるようになれば、データの解析精度を飛躍的に高めることもできるという。

 アクロディアソリューション事業部の伊藤剛志シニアマネージャーは「国内人口が圧倒的に多いという理由もあるが、何より、自分が野球のボールを作りたかった」と振り返る。

 野球の硬式球と同じ素材を使用しており、大きさと重さも同じと、“本物”にこだわった。

 100万投のデータ分析

 試作品をあるプロ球団のシーズンオフのキャンプに持ち込んだが、選手の評判がどうも芳しくない。「なんだか小さいね」「ちょっと軽い気がする」-。打撃で使うと故障してしまうため、普通のボールと区別できるよう、縫い糸の色を赤から青に変えていた。わずかなメンタルの差が結果を左右するプロの世界。色から受けるイメージだけで選手の反応は敏感に変わった。

 そんなプロ相手に、計測データをいかに信用してもらうかが大きな課題だった。開発当時、さまざまな弾道を計算できる「トラックマン」が脚光を浴びていた。テクニカルピッチはセンサーで直接計測するため、画像解析でデータをはじき出すトラックマンに比べ、多様なデータを計測することができる。このメリットをアピールしようと、トラックマンを備えた球場と同等のデータを計測できることを証明したこともあった。

 今後は、「伸びがある直球」「キレのある変化球」「重い球質」など、直感でしか語られてこなかった野球論とデータの関係を解明することを目指す。既に蓄積された100万投の投球データの分析が進められている。

 草野球で使われる軟式球や、海外の競技人口の多いクリケット、ゴルフボールやバレーボールなど、さまざまな球技にも応用する。競技を変えても、データが蓄積されるため、ある競技のトレーニングが他の競技の技術向上に大きく役立つなどの相関関係が明らかになる可能性もある。少年スポーツの指導方法を大きく変えることができそうだ。

 また、選手の身体データと組み合わせれば、さらに細かいトレーニング指導が可能で、パーソナルトレーニングの市場拡大につながるかもしれない。KDDIのライフデザイン事業企画本部ビジネス統括部の繁田光平部長は「アマチュアスポーツでは、いかに機器やシステムのコストを抑えるかが鍵。これまでにないサービスも生み出せるIoTは大きな可能性を秘めている」と語る。

 競技人口の少ない地方で、弱小チームに所属する無名の選手が、全国トップクラスの投球データを基に技術を磨き、プロ野球選手になるという、サクセスストーリーが現実になるかもしれない。(高木克聡)

 ≪焦点≫見えなかった情報を可視化

 家電や家具、身の回りにあるあらゆるモノにセンサーを搭載し、通信を行うIoTでは、さまざまなデータをやり取りすることで、今まで見えなかった情報が可視化される。

 工場で利用すれば、機器の故障の検知や予防につながり、農業では人の目が行き届かない大規模な圃場(ほじょう)や牧場で、農産物や家畜の成育状況を把握することもできる。消費者向けには、さまざまな家電をスマートフォンで遠隔操作できるようになるなどの便利な機能が実現する。膨大な数の機器を同時に接続して通信できる第5世代(5G)移動通信システムの特性を生かした技術の一つといえる。

 同時に、IoTはモノの売り方に劇的な変化をもたらす可能性を秘めている。通信で顧客と継続的な接点を持ち、中長期的な利用料で収益を回収できるため、あらゆるモノの販売価格を抑えられる。携帯電話が普及するのに一役買ったビジネスモデルでもある。

 これまでの買い切りのビジネスモデルでは、発売初期は大量生産が見込めず、機器の販売価格は高額になりやすい。企業は赤字覚悟で価格を低くしたり、多額の広告宣伝費用をかけたりするなどのリスクを負うことになる。

 IoTで低リスクで機器の普及が可能になれば、資金力の弱い中小メーカーにもヒット商品を生み出すチャンスが広がる。

 ■KDDI

 【本社】東京都千代田区飯田橋3-10-10

 【設立】1984年6月1日

 【資本金】1418億円

 【従業員数】4万1996人 (連結、2019年3月期)

 【営業利益】1兆137億円(同)

 ■アクロディア

 【本社】東京都新宿区愛住町22

 【設立】2004年7月12日

 【資本金】13億円

 【従業員数】48人(2018年8月期)

 【営業利益】5100万円(同)