【リーダーの視点 鶴田東洋彦が聞く】パソナグループ(2-2)農業で食の危機訴え

 
日本工業新聞社の鶴田東洋彦社長と対談するパソナグループの南部靖之代表(右)

 --人材派遣でスタートしたが、今の注力分野は

 「スポットを当てている事業の一つが農業・酪農だ。2017年に東京のど真ん中に牛やヤギ、アルパカなどがいる『パソナ大手町牧場』をオープンした。趣味では決してない。『酪農は365日休みなしのため、従事者が10年で半分になった』と聞かされた。遺伝子組み換え作物を飼料にした肉や卵の問題もあり、国民の知らないまま食の問題が待ったなしのところまで来ている。食品添加物も世界の中で異常に多いのが日本だ」

 「豊富な水、春夏秋冬の自然がもたらす旬の農産物。日本食は健康食と世界的にブームになっている。しかも日本人は長寿だ。しかし健康寿命との開きが大きいのはなぜか。人間の身体は食べ物からできており、身体にいいものを食べないと健康にかかわる。にもかかわらず日本人は食に対する関心が薄い。食の危機を訴えるため農業に目を向けた。無農薬で安全・安心なものを生産する農業従事者を増やしたい。パソナは社会問題の解決が企業理念だ。それを実践する」

 --地方創生については

 「現在の日本が抱える最大の課題が東京一極集中であり、そのために地方は廃れていく。だから地方創生が大事だ。パソナは、多様な才能を持った人材が集まって地域産業を活性化させる『人材誘致』による新たな雇用創出に挑戦している。企業誘致ではなく、人を誘致して産業を興し雇用をつくる。中央官庁や地方自治体から委託を受け、全国で観光振興やICT(情報通信技術)を活用した街おこしに取り組んでいるほか、地方への人材誘致や人材育成にも力を注いでいる」

 「兵庫県淡路島では08年に農業の活性化を目指し、独立就農を支援する『パソナチャレンジファーム』を皮切りに人材誘致による地方創生事業をスタートした。島で産業を興して雇用するプロジェクトで、カフェやレストランの運営を通して新たな食文化の提案や、遊休資産を活用した観光施設の運営などに挑んでいる。私も毎週のように淡路島に行って新たな企画を考えたり、畑仕事などに汗を流したりしている」

 シェフの祭典、来年も

 --淡路島では「第1回ワールドシェフ王サミット」を開催した

 「今年6月、外務省より承認された20カ国・地域首脳会議(G20)大阪サミット2019応援プログラムとして、G20参加各国を代表するトップシェフが実力を競い合う料理大会と健康的な食のあり方について議論するフォーラムを開いた。20カ国のシェフがそろったことに驚きの声が上がった。日本の歴史において『御食国(みけつくに)』と呼ばれるほどの食材の宝庫・淡路島だけに食材を見てシェフはびっくりし終了後も料理をつくり、互いに味わいながら意見交換していた。フォーラムには食の専門家が多数参加、食の安全・安心に目を向けてもらうため、世界に向けて『SDGs淡路島宣言』を発表した。来年もぜひ開催したい」

 --これからの日本を見据えた挑戦テーマは

 「社会のあり方改革だ。今年4月、働き方改革関連法が施行されたが、政府が進める働き方改革は、働く人が主役ではなく、終身雇用を前提に成り立つ企業依存型だ。企業が倒産すると自分も終わりではなく、自分のキャリアは自分で創るという個人自立型に転換する。企業に尽くすより、まず自分の人生を豊かにすることを考えるべきだ。芸術やスポーツをやって週3日働くだけでも正社員と変わらない処遇を受けられる仕組みが必要だ。全ての人がそれぞれの個性や才能・能力を発揮して働くことができる社会、もっと多様で自由な働き方が認められ、それぞれが尊重される社会を創る。こうした社会のあり方改革に挑む」

 「世俗に惑わされず」「夢と志は違う」 恩師2人の教え

 --経営理念が生まれた原点は

 「京都市東山に総本山がある浄土宗知恩院の末寺、神戸の通照院の住職の教えだ。お金や地位といった世俗的なものに惑わされず、とらわれない生き方をしなさいと教わった。その住職から大学進学時に『坊主に向かない。一般の大学に行きなさい』と、卒業前には『人の世話があなたの仕事』といわれ、再就職したい主婦向けに人材派遣事業を起こした」

 「宗教自体がいい悪いではないが、その寺には修行中の少年僧のように住み込み状態でいつもいるようになった。早朝に起きて庭の掃除をしたり、かゆをつくったりした。お茶やお花を学び、写経もした。説法を聞き、住職と話をし、いろいろな知識・教養を身につけた。経済人と話すと全ての価値がお金とか株式になるが、お寺に行くとビジネスから離れて社会貢献の話になる。父からは『企業を車に例えると利益と社会貢献の両輪があいまって前に進む』と教わった。(近江商人の)『三方良し』だ。寺で学んだことが『人を活かすことがパソナであり、社会の問題点を解決するのがパソナ』という創業時の精神につながった。ここで学んだ生き方は忘れていない」

 --恩師は2人いると聞く

 「住職と、もう一人が経営学者で多摩大学や事業構想大学院大学などの初代学長を務めた野田一夫先生。野田先生は(後にベンチャー三銃士と呼ばれた)ソフトバンクグループ会長兼社長の孫正義氏、エイチ・アイ・エス会長の澤田秀雄氏と出会わせてくれた。創業したばかりの私を、大会社の社長が集まる場所に呼んでくれた。孫氏も来ていた。孫氏、澤田氏は鋭いビジネス感覚を持つが、私は農業と地方創生という違う分野を歩む。でも気が合うし仲はいい。野田先生から『夢と志は違う』と教わった。夢は個人の願望だが、夢のはるかかなたに志があり、かなうと世界全体が喜ぶ。次元が違う。経営者は高い志を持つ必要がある」

 --事業が軌道に乗った35歳のときに渡米した

 「パソナは6人で創業したが、彼らが『行ってこい、世界を見てこい』と背中を押してくれた。会社の器は社長の器で決まる。井の中の蛙(かわず)では駄目だと創業メンバーに会社を任せ、家族で渡米した。しかし1995年1月、故郷の神戸で阪神・淡路大震災が発生し単身で戻ることになった。42歳のときだった。家や店を失い、仕事をなくした人たちがたくさんいる中で、何ができるかを考えた。とにかく雇用確保ということで神戸復興プロジェクトを開始。神戸ハーバーランド内に96年、大型商業施設『神戸ハーバーサーカス』をオープンした」

 --本社ビルの玄関をくぐると飛行機のプロペラのオブジェやエンジンを使ったガラステーブルなどが目に飛び込んでくる

 「コンクリートジャングルの地にたつ本社ビルの玄関に、何を置いているかが大切だ。ビルの中も開放的にしており、社員だけでなく来訪者にも憩いを与え、自宅感覚で気軽に過ごしてほしい。エレベーターホールは障害がある社員が描いた絵で彩られている。コンセプトもフロアごとに違う。絵を描くことを業務とするアーティスト社員の作品だ」

 --今の日本についてどう考えているか

 「今の若い世代をみていると我慢、辛抱が足りないと感じる人が多い。秩序や礼儀、作法もなくなった。昔は社会全体で子供を育ててきた。きちっとした社会に作り直す必要がある。私が好きな言葉で、友人から教わったものだが、『欲はわが身を滅ぼす、財は子孫を滅ぼす、政は(間違えると)民を滅ぼす、教育は(間違えると)国家を滅ぼす』がある。今も常に自分に言い聞かせている。社会のあり方を見直す上で大切な言葉だ」

【プロフィル】南部靖之

 なんぶ・やすゆき 関西大学工学部卒。大学卒業直前の1976年2月テンポラリーセンター(現パソナグループ)設立、人材派遣事業を開始。2007年代表取締役グループ代表兼社長。67歳。神戸市出身。