テクノロジー

ソニーの“着るエアコン”、「レオンポケット」は即戦力になりそうだ

 35度を超える猛暑日が続き、携帯扇風機(ハンディファン)が飛ぶように売れた2019年の夏。ソニーはインナーウェアに装着する冷温パック「REON POCKET」(レオンポケット)を発表した。外出時に役立つ「着るエアコン」はどれほどの効果があるのか。プロジェクトリーダーの伊藤陽一氏、ハードウェア設計を担当した伊藤健二氏に話を聞きながら、実際に試した。

 レオンポケットというネーミングは、「冷温」(れいおん)に由来する。大きさはPCのマウスぐらいで、重さは約85グラム。東レインターナショナルと共同開発した専用のインナーウェア(Tシャツ)は背中の首に近い場所にポケットを備え、ここに本体を入れて固定する仕組みになっている。

 首もとに装着する理由は、ここを温めたり、冷やしたりすることで、効率良く体に熱を伝えたり、体の熱を排出したりできるから。この上にワイシャツやジャケットを着ると、周囲からはレオンポケットを身に着けていることが分かりにくい。伊藤陽一氏は「見た目にも違和感がないようにデザインは徹底的に作り込みました」と話している。

 レオンポケットには電圧をかけることにより発熱/吸熱(冷却)するペルチェ素子という電子部品が使われている。ペルチェ素子はワインセラーなど小型冷蔵家電や自動車のシートクーラーなどに使われる実績のある電子部品で、駆動時の騒音が少ないことが特長だ。

 ただし、吸熱すると部品の反対側が発熱するため、これを上手に排出する技術が求められる。ハードウェアを設計した伊藤健二氏は、「ソニーではデジタルカメラやスマートフォンの商品開発を通じて、熱設計に対して多くのノウハウを培ってきました。今回それをレオンポケットにも生かしています」と話していた。そこにペルチェ素子の検証によって得たノウハウも含まれているのだろう。

 肌に触れて局所冷温を行うウェアラブルデバイスのため、安全性も気になるところ。「温めるときは低温やけどにならないよう、数百回のシミュレーションを重ねて検討してきました。一方、冷やすウェアラブルデバイスには前例がないため、医師の方々からたくさんの知見をお借りして、同時に私たちも多くの論文を調べながら冷やし過ぎない温度を目指しました」。

 本体には複数のセンサーを搭載し、常時デバイスの温度を感知。冷温制御はソフトウェアで行っているが、「万が一、ソフトがダウンした場合でもハードウェア的に電源を強制シャットダウンして安全を確保します」(伊藤陽一氏)としている。

 レオンポケット専用のモバイルアプリを使うと、スマホから本体の遠隔操作や動作状態のモニタリングができる。ユーザーが自身で温度を調整する「マニュアルモード」と、内蔵センサーがユーザーの体温や行動を感知し、自動で温度を合わせる「オートモード」がある。ほかにもペルチェ素子の放熱を制御するために載せているファンを扇風機の代わりに使う送風機能も搭載を予定している。

 なお、これはレオンポケットの「スタンダードモデル」に搭載を予定する機能で、価格を抑えた「ライトモデル」にはマニュアルモードのみ。購入時に注意したい。

 あつしは「トラマナ」の呪文を唱えた!

 筆者は2019年の夏の暑い日にソニーの品川本社を訪れ、レオンポケットのプロトタイプを屋外で体験させてもらった。専用のインナーシャツを着ていないので、装着感に関するコメントは控えるが、本体の重さついては苦にならないレベルだ。例えばネックバンド型ワイヤレスイヤフォンを身に付けているときよりも軽く感じる。

 電源をオンにしてクーリングモードにすると、瞬時に肌と触れている場所が冷たくなってきた。まるで濡れタオルを首もとに巻いたように、ひんやりとして心地よい。取材日は日中の気温が33度を超えていたが、まるでゲーム「ドラゴンクエスト」の呪文「トラマナ」を唱え、自分だけ暑さによるダメージを無効化しているような優越感に浸ることができた。

 ※トラマナ:人気ロールプレイングゲーム「ドラゴンクエスト」シリーズに登場する呪文の1つ。唱えると毒の沼地やバリアのある場所でもダメージを受けずに歩ける

 冷却ジェルシートなども手軽で効果的なアイテムだが、レオンポケットは「冷たさがへたらない」のが特徴だ。しかも充電すれば何度も繰り返し使えるため、長い目で見れば懐や環境にも優しいウェアラブルデバイスといえる。温める時も同様に安全な温度にコントロールしてくれる。

 内蔵バッテリーは、フル充電の状態から1回15分で6回まで使える容量。これは、電車通勤のビジネスマンが乗り換えや外出を含め、丸一日充電しなくてもいい駆動時間を目指した。さらに安全性を考慮し、連続した冷温時間は最長30分となっている。

 夏場に多く汗をかく季節にもレオンポケットを安心して使えるように、ペルチェ素子を内蔵したプレート側には防滴加工を施している。もちろん専用インナーウェアは洗濯して繰り返し使える。

 実際に使ってみて、レオンポケットはすぐにでも欲しい即戦力アイテムという印象を持った。ところが本機はまだ入手できない。19年夏は「First Flight」のクラウドファンディングで開発資金を調達した段階で、支援者に商品が届くのは2020年の3月ごろになる予定。量産商品化の計画については現在検討中だという。

 クラウドファンディングを使った理由

 レオンポケットは、ソニーのスタートアップ創出と事業運営を支援する「Sony Startup Acceleration Program」(SSAP)のオーディオションを経て事業化が決まった新商材だ。二人の伊藤氏はともにソニーの電子ペーパーを使った腕時計「FES Watch」にも携わった、いわば「新規事業のベテラン」。彼らがクラウドファンディングを利用した理由は、「商品化に踏み切る前に、レオンポケットの提案性がどのような人たちに響くのか、市場性を見ながら仕様や生産規模を決めるのに有効だったから」(伊藤陽一氏)という。

 クラウドファンディングでは、目標額を6600万円と決して安くないレベルに設定した。結果として4200人のサポーター(出資者)と6916万8000円の資金を集め、達成率は104%。製品版の開発にゴーサインが出た。伊藤陽一氏は、「レオンポケットを良いものに仕上げ、できるだけ早く支援者の方々に届けたい」と話していた。(ITmedia)