【寄稿】国連気候行動サミットで感じた“温度差”

 
ニューヨーク市内で9月20日に行われた気候ストライキ(C)WWFジャパン
都市の気候変動対策にとっての政府の重要性を議論した9月22日のセッション。小泉進次郎環境相が登壇した(C)WWFジャパン
田中様氏

 日本政府から新たなコミットメントや政策は出ず

 WWFジャパン 自然保護室 気候変動・エネルギーグループ 非国家アクタープロジェクト担当・田中健

 5年ぶりの気候行動サミット

 米ニューヨークの国連本部で9月23日、グテレス事務総長の呼びかけで「国連気候行動サミット2019」が開催されました。パリ協定が2020年にスタートするのを前に、世界各国の政府、企業、自治体などのあらゆる主体のリーダーたちが、地球温暖化への対応でより高い目標や行動の強化を発表する場として設けられたものです。

 パリ協定は、世界全体の平均気温の上昇を産業革命前と比べて2℃未満に抑えるとともに、1.5℃を目指して努力することを掲げています。しかし、各国政府がパリ協定のもと提出している温室効果ガスの削減目標(NDC)をすべて足し合わせても、今世紀末には約3℃も上昇することが分かっています。

 気候変動に関する政府間パネル(IPCC)が昨年10月に「1.5℃特別報告書」を発表して以降、気温上昇を1.5℃に抑える機運が急速に高まっていますが、各国政府が提出したNDCとパリ協定が目指す目標との間には依然大きなギャップがあります。

 このギャップを埋め、1.5℃を目指す機運を世界的に盛り上げるため、グテレス事務総長は各国に対し、NDCの引き上げにつながるような具体的かつ現実的な計画を持参し、気候行動サミットに参加するよう強く呼びかけていました。各国の野心の引き上げが、今回のサミットの一番の目的でした。

 事務総長が求めた4つのこと

 “1.5℃目標”を達成するには、2030年までに世界の温室効果ガス排出量を45%削減し、2050年までに実質ゼロにする必要があります。グテレス事務総長はこれを実現するため、NDCの引き上げにつながる4つの具体的な対策を各国に求めていました。

 (1)化石燃料への補助金を廃止し、再生可能エネルギーにシフトすること

 (2)炭素の排出量に応じた価格付けをする政策(カーボンプライシング)を導入すること

 (3)石炭火力発電所の閉鎖を加速させ、新規建設を取りやめること

 (4)脱炭素型の産業に向け、公正に雇用を移行していくこと

 ところが日本では、既存の石炭火力に加え、新規建設の計画も多く残されています。また、石炭火力の輸出に対する公的補助は、海外における温室効果ガス削減に貢献する主要な施策として掲げられています。さらに、カーボンプライシング導入の議論が長く続けられていますが、いまだ導入の兆しは見えてきません。

 グテレス事務総長が各国に求めた対策は、まさに日本の温暖化対策の課題を浮き彫りにするものでした。今回のサミットは、こうした課題を持つ国々が、脱炭素社会の実現に向けて世界をリードするための決意を表明する重要な機会でもありました。

 77カ国が2050年までに実質排出ゼロを宣言

 グテレス事務総長の呼びかけに応える形で、気候行動サミットでは77カ国が2050年までに温室効果ガスの排出を実質ゼロにすることを宣言しました。また、70カ国が2020年までに、排出削減目標の引き上げを含め、自国の気候変動対策を強化することを発表しました。これらの国々のなかに日本の名前はありませんでした。

 今回のサミットでは、各国政府だけでなく、企業や自治体などの非国家アクターのリーダーにも決意を表明するチャンスが用意されていました。そのなかで、計2兆ドル(約220兆円)を超える資産を運用する世界最大の投資家グループは、2050年までに実質排出ゼロにつながる投資に移行すると約束しました。また、時価総額の合計で2.3兆ドルを超える大企業87社が、ビジネスを“1.5℃目標”に整合させると約束しました。

 日本の非国家アクターのネットワーク「気候変動イニシアティブ(JCI)」も、代表団が現地に赴き、日本の取り組みを世界に発信するとともに、海外の非国家アクターと活発に交流していました。

 若者たちの活躍

 今回のサミットでは、スウェーデンの高校生、グレタ・トゥーンベリさん(16)ら若者が大きな存在感を発揮しました。9月20日には、世界各地でグローバル気候マーチが行われ、ニューヨークでも多くの人が思い思いのプラカードを手に行進し、気候変動対策の緊急性を強く訴えました。

 筆者も現地でマーチに参加しましたが、小さな子供から大人まであらゆる世代が一丸となって行進する光景は、世界が国や地域を越えて同じ方向に向かおうとしていることを象徴しているかのようでした。

 9月21日には、国連本部でユース気候サミットが開催されました。世界各地から選抜された、高い志と行動力を持った若者が参加し、政府や企業などに気候危機を訴え、緊急の対策を求めました。サミットでは、発言していた若者たちが急に立ち上がって歌い始めるなど、フレッシュでストレートなユースらしい議論が繰り広げられました。

 グレタ・トゥーンベリさんの気候行動サミットでのスピーチは鬼気迫るものがありました。将来世代に未来をつなぐため、大人たちはまさに今、本気で応えるときにきているのではないでしょうか。

 日本の課題と期待

 多くの国が気候行動サミットで新たな宣言を出すなか、日本政府が具体的なコミットメントや政策を発表しなかったのは非常に残念なことです。

 小泉進次郎環境相がサミット前日に開かれた会合で「京都議定書以来、リーダーシップを取れていなかった日本は今日から変わる」とスピーチしました。

 77カ国が2050年までに実質排出ゼロを目指すことを宣言し、70カ国が2020年までに自国の気候変動対策を強化することを発表するなか、日本が再びリーダーシップを取るには、国際的な潮流となりつつある“1.5℃目標”と整合した具体的対策を進める必要があります。

 そのためには、今回のサミット開催に当たって強く呼びかけられていた排出削減目標の引き上げを検討することです。さらに、国際的にも批判されている国内の石炭火力のフェーズアウトを明確に示すとともに、石炭火力の海外輸出に対する公的支援停止の意思も示す必要があります。カーボンプライシング導入に向けた議論も進めなくてはいけません。

 12月の第25回気候変動枠組み条約締結国会議(COP25)と、2020年のパリ協定スタートに向けて、小泉環境相がいうように日本が本当に変わり、再び世界の気候変動対策でリーダーシップを示してくれることを期待したいと思います。

【プロフィル】田中健

 WWFジャパン 自然保護室 気候変動・エネルギーグループ 非国家アクタープロジェクト担当。修士(理学・九州大学)。福岡県庁、経済産業省で環境保全行政に従事。2018年8月から現職。