【米大統領選 争点の現場】「炭鉱の町」 有権者の苦い記憶
(中)前回大統領選で「復活」を約束した炭鉱は?
トランプ米大統領は地球温暖化対策を唱えた民主党のオバマ前大統領や後継者と目されたクリントン元国務長官との違いを際立たせようと、2016年の前回大統領選で「石炭産業を復活させる」と訴えた。炭鉱が集中する北東部アパラチア山脈の「トランプ王国」住民が勝利を後押しした。(ペンシルベニア州ウェインズバーグ 上塚真由)
産業復活は遠く
アパラチア山脈の典型的な「炭鉱の町」であるペンシルベニア州グリーン郡では6月、また1つ炭鉱が閉山し、約400人が職を失った。1960年代の最盛期に30ほどあった同郡の炭鉱はいまや2つしかない。
「トランプ氏は夢を語っただけ。口から出てくるのは嘘ばかりだ」
グリーン郡ウェインズバーグの閉鎖された炭鉱の近くに住むリンダ・ラッシュさん(72)は憤る。祖父の代から炭鉱で働く一家に育ったが、3人の子供たちは他州で就職した。
もっともラッシュさんの意見はこの町では少数派だ。隣で元炭鉱労働者の夫、ブライスさん(74)が「トランプ氏は精いっぱいやっている」と反論した。前回大統領選でグリーン郡の有権者はトランプ氏に熱狂。約70%が同氏に投票したが、町は「石炭産業の復活」にはほど遠い。
進む「火力」閉鎖
トランプ氏は2017年6月に地球温暖化対策の国際的枠組み「パリ協定」の離脱を表明。オバマ前政権の政策を覆し、石炭火力発電所の二酸化炭素排出量の大幅規制緩和などさまざまな炭鉱復活策を打ち出した。
だが、米環境保護団体シエラクラブの調査では、17年1月のトランプ政権発足後に閉鎖された石炭火力発電所は54カ所に上り、公約通りには進んでいない。「シェール革命」で生産が拡大した天然ガスの価格が下落し、石炭が価格競争で勝てなくなったからだ。
石炭中心だったグリーン郡でも天然ガスの発電所が増えているが、ガス採掘には熟練技術が必要で他州の労働者に頼る側面が強く、雇用につながりにくい。
「トランプ氏の政策では石炭産業は守れないが、聞きたいことを言ってくれる彼の言葉を多くの人は盲目的に信じている」
こう嘆く元炭鉱労働者で民主党の地元議員、ブレア・ジマーマン氏(66)も、「ここでは石炭を軽視する政治家が来ればブーイングを浴びるだけだ」ということは分かっている。
ジマーマン氏の目には、オバマ氏を支えたペンシルベニア州出身の民主党最有力候補、バイデン前副大統領も石炭を軽視しているように映る。「彼が石炭が重要だと言わなければ、ここでトランプ氏に勝利するのは難しい」と語る。
急進派追い打ち
グリーン郡の民主党関係者にとり、クリントン氏が前回大統領選で再生エネルギーの拡大を強調するあまり、炭鉱労働者を軽視するかのような失言をしたことは苦い記憶だ。
事前予測では、ペンシルベニア州はクリントン氏がリードしていたが1ポイント未満の差で敗れた。「エネルギーを最重視する数少ない有権者層に嫌われた」(同州のミューレンバーグ大学のクリストファー・ボリック教授)からだという。
「炭鉱の町」の民主党支持者に追い打ちをかけているのは、トランプ氏との対立軸にしようと今回の候補らが急進的な温暖化対策を争っていることだ。
急進左派の代表格、エリザベス・ウォーレン、バーニー・サンダース両氏は民主党のホープ、アレクサンドリア・オカシオコルテス下院議員(30)らによる温暖化対策案「グリーン・ニューディール」に支持を表明。10年以内に米国の温室効果ガス排出量を実質ゼロにするため国家総動員で取り組み、産業を脱化石燃料化する内容だ。
「彼らの言う通りに石炭燃料をなくしてしまえば、この地域に電気が来なくなる。ペンシルベニア全体を国立公園にしたいのか」とジマーマン氏は憤った。
((下)は明日11月9日に掲載します)
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