【高論卓説】札幌での五輪マラソンに期待 自立したアスリートなら最善尽くせ
マラソンと競歩のコースが、札幌に移された東京オリンピック。国際オリンピック委員会(IOC)の決定に、組織委員会も東京都もなすすべがなかった。ルール上、競技実施に関わることはIOCが決めることになっており、仕方ないとしか、言えなかった。
東京・夏のマラソンといえば、1991年に開かれた世界陸上競技選手権の最終日(9月1日)、当時、旭化成に所属していた谷口浩美さんの優勝を思い出す。谷口さんは、89年8月に行われた北海道マラソンでも優勝しているが、実は私もその大会に出場していた。もちろん市民ランナーとしてだが、谷口さんから75分も遅れ、ふらふらになりながらゴールした。
当時としては珍しい、トップ選手と市民ランナーが一緒に走ることのできる大会だったが、季節は夏である。私の手書きのマラソン日誌を読み返してみると、スタートは正午で気温27度。6月から8月の蒸し暑い横浜で月平均400キロの練習を重ねたものの、当時の自己ベストから20分も遅い大失敗のマラソンとなってしまった。札幌であっても、8月は暑さの中のレースを強いられたのだ。
そこで、谷口さんの記録をたどってみた。谷口さんは、88年10月の北京マラソンで2時間7分40秒の自己ベストを出し、北海道マラソンで2時間13分16秒、世界陸上で2時間14分57秒の記録を残しており、夏のレースでは自己ベストより6分から7分、余計にかかっていることになる。換言すれば、そのくらいでまとめられれば、夏のレースは成功である。しっかりと対策をすれば、持ちタイムから考えられる順位より上の順位は十分に狙えることになる。陸上関係者なら、自明の理だろう。
残念ながら日本の男子マラソンは、92年のバルセロナ・オリンピック以来、メダルから遠ざかっている。バルセロナでは、2位森下広一、4位中山竹道、8位谷口浩美と、出場3選手全員が8位入賞を果たすという快挙だった。しかし、この四半世紀の間に、ケニアをはじめとするアフリカ勢が世界を席巻している。
夏のレース出場には、トレーニングの方法からレース直前の過ごし方、レース当日、そしてレース後の疲労回復まで独特のメソッドがあって、それをトライ&エラーで積み上げていく必要がある。札幌開催であっても、日本の夏のレースを経験している日本選手にとって、千載一遇のチャンスだ。
当然のことながら、札幌に会場が移されたことで、8月の札幌でのレースに出た経験が俄然(がぜん)、重要となってきた。今年9月15日に東京で行われたマラソン・グランドチャンピオンシップで3位までに入った男子選手に、北海道マラソンの出場経験者、優勝者はいない。一方、女子は1位の前田穂南選手と2位の鈴木亜由子選手が、北海道マラソンの優勝者である。
世界には、2020年夏のメダルを虎視眈々(たんたん)と狙っているランナーがあまたいる。それに対抗するために代表選手は、これまで日本の夏のレースで培ったメソッドを進化させ、札幌でどのような天候になろうとも走りきれる身体と心をつくりあげる必要がある。8月でも台風襲来もあり得る気候変動の時代、タフでなければ走りきれないのだ。
日本はいつの時代にも、どのような分野でも、ワールドワイドな組織の機関決定に振り回されてきた。その原因を国民性に求めるだけでは、前に進めない。自立したアスリートならば、コースの変更などに惑わされず、自身の経験、感覚で最善の準備を行っていくことだろう。札幌での快挙を期待したい。
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【プロフィル】井上洋
いのうえ・ひろし ダイバーシティ研究所参与。早大卒。1980年経団連事務局入局。産業政策、都市・地域政策などを専門とし、2003年公表の「奥田ビジョン」の取りまとめを担当。産業第一本部長、社会広報本部長、教育・スポーツ推進本部長などを歴任。17年に退職。東京都出身。
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