浅草六区ショービズ街の賑わい取り戻せるか インバウンドのナイトライフ充実

 
サントリー酒類のドリンク専用キッチンカーが出店する週末の浅草六区オープンカフェ

 寄席や劇場が並ぶ東京・浅草六区興行街の賑わいを復活させようと、地元の商店街関係者らでつくる「浅草六区エリアマネジメント協会」(安田和章代表理事)が、道路での出店やイベントを可能にする国家戦略道路占用事業を活用した新プロジェクトをスタートさせた。オープンカフェを配置し、外国人観光客のナイトライフを充実させ、国際色豊かな賑わいの場を演出する。浅草は雷門や浅草寺が外国人観光客の人気スポットになっており、人の流れを浅草六区にも呼び込む狙いだ。(田中太郎)

 オープンカフェを「社交の場」に

 このプロジェクト「浅草六区-Connect with the world-」は、浅草六区ブロードウェイのオープンスペースに毎週末、テーブルを設置し、この地域を「TOMODACHI STREET」(友だち通り)として、国内外の観光客の社交の場を創出する取り組み。

 例えば、以前から街再生の取り組みを支援していたサントリー酒類が、金、土、日曜日と祝日の午前11時から午後9時まで、ビールやハイボール、カクテルなどのドリンク提供の専用キッチンカーを出店するほか、飲食のキッチンカーが並ぶ。この地域には、最大約19台のキッチンカーの出店が可能という。

 また、外国人でもスマートフォンなどを使って、注文・決済がやりやすい仕組みを導入。プットメニュー(東京)のモバイルセルフオーダー「Putmenu」を使えば、出店店舗が外国語での接客対応を行う必要がなくなり、通常のキッチンカー営業と同様のオペレーションが可能になる。外国人観光客も、言葉が通じなくても、クレジットカードなどのキャッシュレス決済ができる。

 今後、オープンカフェでは、テーブルに翻訳機を置いて、外国人観光客同士や、外国人観光客と日本人観光客や地元の人たちとのコミュニケーションを促進する仕掛けも進める計画だ。

 さらに、5省庁の後援で観光地活性化プロジェクトを実施している「温泉総選挙」の運営事務局であるジャパンデザイン(東京)と連携し、列島各地の祭りなどのご当地イベントや物産展などを誘致している。

 転機迎えた「興行の街」

 明治から昭和にかけての浅草六区は、劇場や映画館などが集積し、東京でも有数の観光名所となった。東京大空襲で一帯が焼けてしまった後も、終戦後に再建され、芸能の一大拠点として栄えた。

 高度成長期に入ると、カラーテレビ放送などの新しい娯楽に押されて、浅草六区を訪れる人の流れが少なくなり始め、1964年の東京五輪を過ぎたころから、地盤沈下が進んだ。お笑いのビートたけしさんが前座時代を過ごすなど、芸能の才能を育む土壌は今でも引き継がれているものの、渋谷や新宿などに比べると集客力は弱い。2000年代に入ると、すべての映画館が閉鎖されるなど、興行の街としての転機を迎えている。

 浅草(東京都台東区)は、2018年度に年間5500万人以上の観光客が訪れるなど、屈指の観光地として注目を集めている。とくに、外国人観光客にとっては、雷門や浅草寺は日本らしさを体験できる人気の高い観光資産となっている。

 浅草周辺には新しいホテルの開業や建設ラッシュが続いており、滞在時間を長期化できる環境は整いつつある。ただ、宿泊している多くの外国人観光客からは「ディナーや社交場を含めた夜の時間を楽しめる場所が少なく、地元の人たちとコミュニケーションできる機会も少ない」との声もあがっている。

 浅草六区エリアマネジメント協会の安田代表理事は「かつて歓楽街として賑わった浅草六区を、浅草では数少ないナイトライフを充実させた場所にしたい。外国人観光客と日本人観光客、地元の人たちが交流しやすい取り組みを継続的に実施していく」と意欲を示している。