【IT風土記】関西発 全国の河川氾濫をベクトル型スパコンで6時間先まで予測
2019年10月に台風19号が上陸し、各地に甚大な被害をもたらしたことは記憶に新しい。こうした洪水被害が毎年のように発生している背景には、地球温暖化に伴う異常気象があり、全国への防災情報の提供を目指した取り組みとして、リアルタイムに河川の増水や氾濫状況を予測するシステム「全国版リアルタイム氾濫予測システム」の実用化に期待がかかりそうだ。現在は1時間先を予測でき、最新のベクトル型スーパーコンピューターを活用すれば6時間先までも見通せるといい、さらなる高度化が進められている。
中小河川も含めた氾濫予測の重要性
全国版リアルタイム氾濫予測システムは、三井共同建設コンサルタントと京都大学防災研究所、NECの3社が開発。降雨量を入力し、河道流量から洪水氾濫までを即時に解析・予測できる「降雨流出氾濫(RRI)モデル」を用いて構築した。
同システムは、地形データなどをもとに、日本全国を4秒メッシュ解像度(約120メートル×100メートル)に分割し、気象庁が配信する高解像度降水ナウキャストや国土地理院が提供する国土数値情報等のデータを活用して演算を行う。中小河川を含む全国の河川を対象に、河川水位の予測だけでなく、氾濫状況までをリアルタイムに予測することが可能で、WEBブラウザにより情報を閲覧できる。
開発プロジェクトマネージャーを務め、大阪支社に所属して京都大学との連携を担っている三井共同建設コンサルタント 河川・砂防事業部 水文・水理解析部の近者敦彦部長は「情報の少ない中小の河川において、何らかの危険情報が察知できるようにするため、全国版リアルタイム氾濫予測に取り組んでいる」と強調する。
洪水被害をめぐる予測システムは、国が管理する一級河川などでは、災害発生の危険性の察知に向け、河川水位の状況を予測する「洪水予測」を中心に構築が進んでいるが、リアルタイムに逐次、予測を知らせるものではない。さらに、その過半数が洪水予測であり「氾濫予測」はないに等しい。ましてや市町村、地方公共団体が管理する中小河川は、システム開発やメンテナンスのコスト負担が足かせとなり、洪水予測の導入さえできていないケースが多い。中小河川の氾濫を予測することは、全国の自治体にとって喫緊の課題といえ、全国版リアルタイム氾濫予測システムの実用化が望まれる理由もそこにある。
三井共同建設コンサルタントがこのシステム構築に乗り出したのは、2018年6月末から7月初めにかけて、西日本を中心に、北海道や中部地方を含む全国の広範な地域に甚大な被害をもたらした西日本豪雨がきっかけ。被害の拡大を食い止めることの重要性を改めて認識した。同社では、洪水被害をめぐる予測システムの構築業務を数多く受注していたものの、氾濫予測までは踏み出せていなかった。そんな同社の背中を押したのは、降雨から流出、そして氾濫という一連の流れについて、流出解析と氾濫解析を一体で高速に解析するRRIモデルの出現だ。
RRIモデルは、京都大学防災研究所の佐山敬洋准教授が、土木研究所水災害・リスクマネジメント国際センター(ICHARM)の主任研究員時代に開発した。佐山准教授は「2019年の台風19号や18年の西日本豪雨のように、各地で同時多発的に発生する豪雨災害に対しては、観測情報のない中小河川も含めて、広域を一体的に解析することが望ましい」と説明する。
ただ、実際にシステムを構築する作業では、膨大な情報量をどう処理するかが大きなハードルとなった。通常のパソコンでは、緯度・経度に基づいて地域をほぼ同じ大きさの網の目にした「メッシュ」を作成する作業だけで、フリーズしてしまうほどだったからだ。「全国版氾濫予測に取り組む際に、高速計算が実施できる計算環境を整備することが重要だった」。近者部長はこう明かす。
「ベクトル型スパコンでブレークスルー」
課題を克服するために、三井共同建設コンサルタントが目を付けたのが、並列計算を得意とし、同時にさまざまなデータを計算・処理でき、気象予測領域で実績のあるNECのベクトル型スパコンだ。
国立研究開発法人・海洋研究開発機構(JAMSTEC)は、世界最大規模の大型計算機である「地球シミュレーター」を保有。その地球シミュレーターはNECのベクトル型スパコンで構築されている。そこで、三井共同建設コンサルタントは全国版リアルタイム氾濫予測システムの実現に向けて、JAMSTECに協力を要請。JAMSTEC付加価値情報創生部門・地球情報基盤センター・計算機システム技術運用グループリーダーの上原均氏と、同グループ技術主任の今任嘉幸氏、NEC技術者らが、スパコンの能力を最大限に引き出すためのチューニングに取り組み、洪水氾濫のシミュレーションプログラムの高速化を支援した。
JAMSTECの上原氏はベクトル型スパコンについて「一時期、スカラ型スパコンが旋風を巻き起こし、ベクトル型スパコンに逆風が吹いていたのは間違いない事実。でも、世界的にはベクトル型に揺り戻しがきている」とみており、今任氏も「ベクトル型スパコンは並列計算に圧倒的に強い。NECにはベクトル型スパコンを貫いてほしい」と、世界で屈指のベクトル型スパコンメーカーに求める。
全国版リアルタイム氾濫予測システムは現在、1時間先の河川氾濫予測を立てることが可能になっている。そして、NECの最新ベクトル型スパコン「SX-Aurora TSUBASA」を活用すれば、6時間先の予測もできる見込みという。先の予測が立てられるほど、住民が家族と連絡を取り合ったり、日頃服用している薬など大事な物をまとめたりして避難の準備をする余地が広がる。
「NECのスパコンでブレークスルーした」。三井共同建設コンサルタントの近者部長は今回のシステム開発の経緯をこう表現する。もちろん、高速化に向けたチューニングの道のりも平坦ではなかったが、JAMSTECの上原氏は「社会に貢献できるならやってみようと奮起した」と振り返る。
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